戦略と計画

ファイナルのあとでは一週間氷に乗りたくなくて、競技をやめたくなったというパトリック・チャン選手。

「滑ることが幸せとか、楽しいとか、きれいごとは言わない、競うことは怖いんだ」

カナダ選手権では、練習のあとにそんな発言をしながらもまた立ち上がって、本当に感動させてくれました。
観る方は、あの豪華なスケーティングをずっと味わっていたいと思うけれど、アスリートである以上、それだけでは満足できない。
競うことが怖くても負けることが辛くても、現役であることを選ぶ以上、点数をつけられ評価され、勝敗は必ず決定される。

それで、カナダ選手権のあとの発言がこちらです。

「僕は自分の戦略や計画に従う。ゆづとハビが互いに争うのを見させてもらう。
いつ怪我が起こるかわからないし、いつか壁にぶちあたる。
ゆづは4本目の4回転をやるかもしれないけれど、そこまでだ。
そうしたらリスクが高くなって、その危険な報酬もますます増える」

実際に大きな怪我をした選手がいることを思うと、なんていうタイミングでこんなことを言うのかと思ってしまいます。
でも、チャン選手は正直ですね。
なにしろ面と向かって「次そこに立つからね!」と言われてしまうのです。
時にはこのくらい返したくなるというものです。

もちろん、15点も取れる高難度なジャンプを何本も跳ぼうかという選手たちも、ぎりぎりのところで戦っているのですよね。
「いつまた怪我をして、今度は手術をしても治らないかもしれない」
と、苛酷なリスクを抱えている事をわかった上で、
「怪我をしては元も子もない」
と言った羽生選手。
コントロールを身に着けた彼なら、4Loを入れるかどうかも、沈着冷静に判断できるはず。
彼自身の戦略と計画とをもって。

もし、なにかが少しずれれば、全日本のような事も起こってしまうのだし。
大学の勉強もある大切な時期ですから、四大陸を選択しなかった事は本当に賢明だと思います。


技術も、芸術も、その両方が必要とされる時代。
芸術性の追求と技術の進歩の間に揺れて、押したり引いたりし続けている、チャン選手の困惑と葛藤を思います。
その苦しみがむしろ、彼の演技に深みを与え、内側から支えているような気さえします。

チャン選手の曲折に、羽生選手はまっすぐに烈しく挑んでくる。
対照的だからこそお互いの個性が見えてしまう。
正反対なのによく似ているところが見えてしまう。
どちらが太陽なのかどちらが影なのか、もうわからなくなってしまうくらい、お互いの引力に惹かれあうままに、ぐるぐる回っているような二人がまた、魅力的だと思います。



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ネイサン・チェン選手のこと

全米選手権で、フリーで4回転を4回決めたネイサン・チェン選手の演技がとても素晴らしくて、記事にしようと準備をしていたのです。
個性のある、雰囲気のある選手だな、と思いました。
16歳で、シニアとジュニア両方のワールドの代表に選ばれたのですよね。

でも彼はEXで怪我をしすでに手術を受けていて、これから8~10週間の休養が必要なのだという事です。
先日、彼のファンのかたのブログを読んで、本当に胸が痛み苦しくなりました。
それで、昨日のハビエル選手への記事も、ちょっと歯切れのよくないものになってしまいました。

彼は以前から、成長痛や腰の不調、脚のトラブルと闘ってきた選手なのですね。
それがよくなって、大きな舞台での快挙を達成したと思ったら、またそんな怪我をしてしまうだなんて。
どんなにか悔しいことでしょうけれど、どうかしっかりと休んで、この試練を越えてくれますように。
まだ16歳なのですから、アルトゥニアンコーチの言葉の通りに、経験から学んで、大きく成長してくれますように。


今シーズンのアメリカ男子は、特に、怪我をする選手が多い気がします。
世界選手権がボストンであるから無理してしまった?
4回転複数の時代に対応しようと無理してしまった?

この全米選手権は、同じ日に男子FSとEXがあるというスケジュールだったそうです。
16歳で、4回転を4回跳んで、さらにEX出場とは、それは厳しすぎるのではと思います。
選手のコンディションが最優先のはずなのに、大きな舞台ほどそれが整わない現実には、本当に歯がゆい思いがします。

運営側の都合を優先させていれば選手の負担は大きくなり、ベストパフォーマンスは難しくなります。
それは結局のところ、その競技の魅力をそいでしまう事になるのだと、解ってほしいと思います。


先日、腰の手術をしたケヴィン・レイノルズ選手と、脳震盪で休養していたガブリエラ・パパダキス選手が見事に復帰してくれたことは本当にうれしくて、応援したくなりました。
一番大切なオリンピックシーズンに向けて、どの選手も、長いスパンでの準備ができますように。



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欧州選手権

ハビエル・フェルナンデス選手の欧州選手権四連覇、おめでとうございます。
そして300点を越えたのですね!





ハビエル選手らしい、明るくて開放的なのはFSのほうだけれど、「マラゲーニャ」の情熱と洗練が私は好きです。
羽生選手が日本を、ハビエル選手がスペインを演じる世界選手権になるのですね。

残念ながらジャンプにはミスもあるし転倒もしています。
どんどん構成を上げてきているので、そこはまだまだこれからですね。
でもステップやスピンは着実にレベル4を取っているし、PCSの評価も高く安定しています。
少しぐらいミスがあっても300点を超えてしまうクオリティを備えているのですね。
ファイナルでは羽生選手にひれ伏していましたが、世界選手権では、昨季のような「勝ってしまった?!」という彼ではもうないのでしょう。

4回転を複数本跳ぶのがあたり前な時代、わずかな事で、何がどうなるかのわからない試合になりそう。
そこにはリスクがつきまとう、厳しい現実があります。
怪我をしない事、それがまず第一関門になってきているように思います。
どうか、Stay Healthy で!




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表現の極意 その7

NHK杯を振り返って、自分と向き合うように静かに、そして心を込めて話す羽生選手です。

「よりもっと細かいところに意味をもって振付をこなす。それによってSEIMEIというものを体現する。それはかなり意識して来れたとは思っています」

「振り付けというものを型として考えて、一つ一つの振りに意味を持たせる事だけでも、自分のイメージの膨らみ方が全然違って、歓声であったり応援であったりが違ったものに聞こえたり」

「今まで何ということなく感じていた、スケートを滑っている時に受けている風っていうのが、自然界にある、もっと大きなものの中に自分がいるんだと。天地人ていう言い方がありますけれど。自分は自然の中に生きているんだというのが、スケートをしていて感じられる。萬斎さんに教えていただいたからこそ、スケートをしている最中にそれを感じられる場面はものすごく増えました」

「自分が、その時に大切にしているものだったり、その時に表現したいって思っているものだったり、そういうものをすごく大切にして、どうやって伝えていくか、どうやって身体で表現していくのかっていう事を追い求めながら、もちろん技術的なものも大切ですけれども、スケートをやっていけたら幸せだなと思っています」


自分は自然の中に生きている。
リンクを疾走する風に、その大いなる自然の息吹き、天地人を感じ取る。
生命の喜びを開放する、素晴らしい感覚だと思います。

萬斎さんが「完璧を目指すのが我々の仕事」と言ったとき、彼の目が輝き、強くうなずきました。
完璧を目指している、けれども本当のそれはどこにあるのか。
オリンピックで優勝しても、世界最高得点に到達しても、さらにまだその先が見える。
その果てしない渇望は、息をのむような戦慄でもあり、目がくらむような絢爛でもあります。

異世界と現世とを行き来するような存在でありながら、それでいて、現世に生きる人々のために闘う晴明。
そんな晴明が乗り移ったかのように、驚異の高得点を連続して出したときには、本当にシャーマンのようでしたけれど、一度地に足をつけたことで、また次の舞台を目指せることを願っています。

さて、萬斎さんは、あるときには「意識する、意識を送る」と言い、あるときには「意識がなくなる」と言っていました。
とても興味深いと思います。
その件は、またいずれ書いてみたいと思っています。



「羽生結弦×野村萬斎 表現の極意を語る」
長い記事となってしまいました。
読んでくださってありがとうございました。

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表現の極意 その6

「Live その場の時間 空気をまとう」

羽生「僕たちはリンクに意識を向けた事がほとんどない。お客さんに向けてか、ジャッジに向けてか。リンクに存在する氷、天井、フェンスを考えた時。ひとつひとつの演技で、例えばロミオとジュリエットならジュリエットを想像してここにいるから、というのもあるかもしれないけれど。架空のものだけではなくて、リンク、フェンス、会場の壁に対しても気を込めるというか。そういうのも大切だなと」

野村「お客さまがいるところには自分も意識を持ち、確認のために、今日はどこまでお客さんが入っているとかをすごく意識する」

羽生「会場の大小もあるが、支配しようとするのか、その空気感のなかに溶け込むというのか、その範囲は壁まで全部なのか」

野村「お能は四本の柱に囲まれているなかにひとつの意識、小宇宙を作りだし、それがにじみ出て壁まで行く。狂言は会話劇だからお客さんに直接語りかけるような意識を相方、対話する人間と一緒にやっていたり。でも両方必要」

羽生「じゃあジャッジに語りかけて?」

野村「それも効率よく、自分のためとジャッジのためとお客さんのためと。やはり場を支配するためには場を味方につける。自分の意識を会場全体に持っていきたい。どこまでお客さんいるのかな、っていう意識が大切」


萬斎さんとの長いお話もここまでとなりました。

そして、NHK杯フリーの演技。
会場を見渡し意識を隅々にまで向ける羽生選手。
奇しくも、あの会場の壁高く、天井付近には、五輪のマークが掲げられていたのですよね。

「自然からあふれ出ているエネルギーを受け取りながら、まとっているように見せられれば、自分が目指しているSEIMEIのイメージに近づける」

「ロミオとジュリエット」のような物語をもたない「SEIMEI」の演技には、そこに時間が流れ展開していくのではなく、むしろ時が止まってしまうような錯覚をおぼえそうになります。
そこに留まっているままに、作品のエネルギーが静かな光のように、リンクに満ちて行くような。
そのような光の感覚は、天井桟敷の隅々にまでわたっていくのではないかと思います。

いつも氷への礼を尽くし、祈りを込めている羽生選手だけれど、天井から壁、フェンスにいたるまでその願いを送り、あるものすべてを味方にし、溶け込み、空気をまとう。
もしかしたらそれが、バルセロナのファイナルにあって、一期一会の完璧を究めるための、支えとなり基盤となったのかもしれません。
生きとし生けるものすべて包み込むような、たからかに透き通るような精神性を感じさせる「SEIMEI」だったと思います。




…続きます

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