The point of no return.

その決意を止める事は誰にもできなかった。

痛みに歪む顔、涙をぬぐう指、一瞬も途切れない闘志。
傷ましく、あってはならない事。人が目にしてはならないもの。
神聖な、五体投地の巡礼のような、祈りをささげつくす姿。
でもそれは、妖しく美しい翳りをまとった、甘やかで危うい何かでもあった。

逃げ出したいのに捉えられ、自分のなかに矛盾が渦を巻く。
やめてほしいという倫理と、やめないでという罪に引き裂かれる。
夢のような音楽への陶酔、攻める事しかない競技への透徹。
赤と黒と白のきらめく衣装の、愛と業とに焼かれるファントム。

いや、彼はただがむしゃらに演技しているのではない。
わずかの間に計算し、修正し、0コンマ1のポイントでも逃すまいと狙っている。
今成しうるかぎりのエレメンツを、この極限状態で完遂しようとしてる。
傷ついた身体に命令し続ける頭脳が、冷静この上ない勝負に出る。

なめらかに踏み込まれていくスケーティング。
ジャンプの失意を補って余りあるほどの美しいスピン。
抑えられ、ていねいな動作は優雅に語りかけるようにさえ見える。
時おりみせる強くきっぱりとした動きは、最後まで必ずやり通す意志の表示。

中国杯

なぜいつも、選手生命をかけるようなぎりぎりの場所で闘い続けるのだろう。
力を尽くさねば入れない狭き門が彼の前には用意されている。
持てる力のすべてを尽くしてくぐりぬけ、彼は死から生へと歩み出す。
その門の向こう側に幸福を見たように、息をつき、微笑んでいた。



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仮面を外すファントム

羽生選手が世界選手権で見せた「オペラ座の怪人」の重厚さ。
"Softly , deftly" で仮面を外すシーンは、不敵な笑いにぞっとさせられ怖かった。
その後の" music shall caress you" でも、魅惑するような甘美さは抑えられているように思えた。

そして最後には、おおきな動作で仮面をはぎとり、その素顔を自らさらすファントムを、気魄を込めて演じてみせた。
カメラが遠景から全身をとらえる中、彼は腕をゆっくりと下していき、余韻を残し、物語の幕を静かに閉じた。
その姿はまるで、聖なる宗教画であるかのように見えた。

隠していた醜さをさらすことで、ファントムの魂は美しく浄化されたのだろうか。

あまりの事に息が詰まりそうだった。
世界選手権の大舞台で、こんな挑戦的で堂々としたパフォーマンスを見せるなんて。

2015 Worlds - Yuzuru Hanyu ファントム


美しい羽生選手が、どうして醜いファントムを演じるのか、ずっと考え続けてきた。
美しい羽生選手には、仮面など必要ないのに。



ひとは誰しも仮面をつけて生きている。
本当の自分は、きっと誰かを傷つけてしまう。
大切な誰かを傷つけたと知ったら、自分もまた、傷ついてしまうから。
自分にもよくわからない本当の自分を誰かに見せる事など、果たしてこの世でできるだろうか。

でもリンクの上では、ぐるりと囲んだ審判と観客との目から、本当の自分を隠すことはできない。
どんなに演じようと思っても、あの極限状態に置かれたら、自分を偽りきる事はできない。
心の動揺も無残な失敗も、すべてをさらさなくてはならない。
そこでおこった事は、決して後戻りのできない真実。
だから、仮面をつけたままではいられない。
だから、ひとはそこに感動するのだと思う。


演技を終えてキス&クライに戻ってきた羽生選手は、仮面を外すパフォーマンスを再演し、そして笑顔を見せてくれた。
その時、ああ、笑顔の仮面をつけている、と思った。
本当は、ジャンプが悔しくて、おそらく負けるであろう自分が悔しくて、心では怒り泣いている。

無題3

たくさんの涙を隠して、彼がつけてくれた笑顔の仮面。
それはとてもとても、愛おしかった。



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鏡をたたき割るファントム

世界選手権の「オペラ座の怪人」は、今までとは違うファントムだった。
甘やかさや妖艶さは抑えられていた。
オペラ座に集う人々を恐怖に陥れるファントム。
悪魔的な暗い情熱に焼かれ、怒りと嫉妬に燃え叫ぶファントム。
それは、中国杯の時の、鬼気迫る執念を見せた彼に戻ったかのようだった。

ファントム 世界選手権 2015

まるでかつてのロミオのように、激情にかられて叫ぶファントム。
でも彼はロミオではない。ただまっすぐに愛を全うする事はできない。

ラウルの光、ファントムの闇。
闇が奏でる音楽に魅入られながらも光を選ぶ彼女。

愛が去っていくのをゆるし、鏡をたたき割るファントム。
鏡に映るのは醜い姿をした自分の心。

死によって愛を完結するロミオと、孤独に生きるファントム。
愛の思い出に生きて、ばらを贈り続ける。


咆哮する羽生選手は、ファントムになりきっていた。
もう一度、彼の「オペラ座」を見る事ができる。
深みと凄みを増していく彼のファントム。
今はきっとそのパーフェクトを目指して、またひとり努力を続けているのだろう。




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勝手な解釈をおゆるしください

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「オペラ座の怪人」歌詞ふたたび

以前「オペラ座の怪人」の歌詞を訳すという、素人の怖いものなさを大胆にも発揮したのです。
ネットで調べていて、一番困ったのが、最後の歌詞に二つの説があった事です。
"The power of the music of the night"
"It's over now, the music of the night"
最初は前者だと思い訳していたら、それは間違いで後者が正しいらしい。

自分でも、羽生選手の過去4回の演技を何度もダンボの耳にして聞き取るのですが、編曲のせいか音声が小さくてわかりにくいのです。
しかもルッツに入るところなので、解説の声と観客の声援にかぶさっています。

でも結論として正しいのは
"It's over now, the music of the night"
だとわかり訂正しました。そのほうが振付けにも合っているはずです。

「すぽると!」を見ていたら「オペラ座の怪人」の歌詞と訳が入ったので、フジテレビさんがはっきりと解明してくれるんだ、と期待しました。ところが

ファントム イナ
"The power of the music of the night" 
「もう終わりだ ミュージック・オブ・ザ・ナイト」

…なんですと!? 二つを混ぜたの?
フジテレビさん。私を素人だと思ってごまかしたのね。

このままではすまされないとさらに調べ、ようやく、これは歌詞より前に、映画の場面に使われている曲が違うのだと気が付きました。



こちらは"The power of the music of the night"で4:00あたり。
クリスティーヌを地下に誘い人形を見せるシーンで、甘い声で歌いかけています。



こちらは"It's over now, the music of the night"で4:20あたり。
物語は進行しラストも近く、ファントムの歌声も曲も悲愴に叫ぶようです。
この後の曲も、このラストシーンからとったのですね。
もちろん編曲はされていると思います。

羽生選手の演技と歌詞ばかり注目して、映画をちゃんと見ていなかったのですね。
これには本当に反省しました。ごめんなさい。
でも納得できました!

今日は上海で練習が始まります。
とうとう、三か月ぶりに彼に会える日。
心を込めて、笑顔で、迎えたいと思います。



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※動画訂正しました

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狩野永徳の細い枝

狩野永徳の国宝・檜図屏風。
羽生選手の「オペラ座の怪人」を見ていると、この絵を思い出してしまうのです。

狩野永徳

堂々とした幹に対して、細く伸びた枝。
でも、細くて頼りないはずのその枝が、とても力強く生命力を持っているように見える。
それはなぜだと思う?と、友人が私に聞いたのです。

わからない、と答える私に彼女は言いました。
「一度、逆の方向に張り出してから、曲線を描いて戻り、大きな動きを出しているから」

彼女も特に美術の専門家ではないので、それが本当かどうかはわかりません。
でもその言葉はずっと私に残り、羽生選手の「オペラ座の怪人」に重なって思い出されるのです。

羽生選手はこの「オペラ座の怪人」で、「weight」「重さ」を見せたかった、と聞きました。
シェイ=リーン・ボーンさんは、その願いを、どう実現させてくれたのでしょうか。

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Leave all thoughts of the life you knew before!
Let your soul take you where you long to be !

例えばこのシーン。
"the life" で、左脚に体重を乗せて一度左に体を振ってから右に戻る、ウェイトシフトというのですよね。
"before!" と "Let your " の間も力強くステップを踏み大きく腕を廻して音楽を表現しています。
" soul" では右脚を強く大きく上に蹴り上げ、顔も上に向け伸びあがるように。
"take you" ではランジというのでしょうか、逆にぐっと下方に沈み込み、両腕を強く振って何かを叫んでいるようです。
それからまた体を起こし、バックスクロスして向きを変え、長い不動の滑走をしながら手でその感情をつかむ。
音に合わせて疾走する3A+1Lo+3S。


華奢な体の羽生選手が、屈折したファントムの心情を重厚に演じあげるための振り付け。
成熟した技術が見せてくれる奥行きの深さ。
細くて頼りない枝は、しなやかにたわみ伸びて、風雪に耐えて折れる事がありません。

ファントム

彼の演技が発する力強さ、ファントムという人間像の表し方を、もうすぐまたあたらしく味わえる。
それは無上の喜びです。


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