レクイエムの夜

この夜の「レクイエム」は、これまでにないほどの凄絶さと、強い意志の力とにあふれていました。
彼は、その場の空気のみならず、その土地に宿る過去をまとい、支配し、そして制圧していきました。

荒涼とした遺構に残る、決定的な時間を指したままの時計。
それを彼は動かそうとして、なくしたねじをリンクに探し舞い始めました。

冷たく、硬い、氷の世界の透徹にたったひとりいて、
失われた多くの命を、その全身で受け止めようとしていました。

揺れるリンクを逃げまどった、少年時代の彼はそこにはいません。
残った傷を抱きしめる、痛ましい彼ではもうないのです。

闇の夜には星をまたたかせ、光を呼んで朝を迎える。
精悍な表情で広げた腕に天を仰いで、躊躇なく怒りをあらわにする。

破壊された土地の苦しみの上でこそ、この鎮魂を捧げようとした。
それは怖れ屈する事のない、強靭な精神の証しでした。

ゆがんで壊れた時計が時間を取戻し、
未来がそこに訪れる日まで、彼は闘い続けるのだと知りました。


よく、ここまで来てくれた。
この場所で、この演技をみせてくれて本当によかった。
彼は愛を与える人だった。


スポンサーサイト



テーマ : フィギュアスケート
ジャンル : スポーツ

虚無への供物

「虚無への供物」という推理小説を読んだことがある。
ずい分前に読んだので、詳しい記憶は残っていない。
でも、先日から起こり、そしてこれから起こっていくであろう出来事に、この題名を思い出した。

ほんの偶然に、その日その時間、その場所に居あわせたというだけで、無慈悲に命を奪われた人たち。
その死の虚無を否定し意味を与え、主体性を取り戻すために捧げられる、次に連なる死の一群。
被害者であることを拒むために、加害者であることを選択する。


もし、一連の事件があの日あの時のフランスで起きなかったら、こんなに注目する事はおそらくなかった。
知ろうともせず、考えようともしなかったら、私もまた加害者であるのかもしれない。


「SEIMEI」は、「生命」へのしなやかな賛歌だった。
武力ではなく精神の力で戦い続け、和の精神を体現して舞い、屈する事は決してない。
私は運命論者ではないけれど、この、あらかじめ用意されたような符合には、何かしら敬虔な思いを抱かずにはいられない。

「天と地のレクイエム」は、東日本大震災の鎮魂の曲だった。
それが今、多くの人の心に響き、救いとなっていることを知った。
辛い記憶を掘り起こしても伝えたかった彼の真摯が、人の心にまた届いている。


どんなに巨大な、空洞のような虚無が拡がっていたとしても、彼は何度でも、美しく舞ってくれるのだと思う。
それは重たく苦しい事かもしれないけれど、虚しさを虚しさとし、憎しみを憎しみとしないで、祈りを届けることは彼にしかできない。
そこにある虚無へ、彼の舞台を捧げたい。
そこに光がありますように。



テーマ : フィギュアスケート
ジャンル : スポーツ

Heaven and Earth

ホーキング博士を主人公にした映画「博士と彼女のセオリー」のDVDを見ていたら、思わぬところではっとした。
メイボールに出かける、博士と彼女。
そこで彼女が”the heaven and the earth”と言ったのだ。

博士と彼女のセオリー

英国国教会の信者である彼女は、宇宙物理学を研究する博士と、宇宙の始まりについての意見が一致しない。
彼女は、”God created”をわざと抜かして創世記の冒頭を暗唱して聞かせ、博士への理解と愛を示す。
二人が急に接近するこのシーンの意味が、知識のない私には、なかなか理解できなかった。

「天と地のレクイエム」には”Requiem of Heaven and Earth”という英語のタイトルがついている。
”the”があるのとないのと、大文字と小文字とでは、意味に違いがあるのかもしれないが、私にはそれもよくわからない。

天地創造にまつわる神話は日本にもあるが、それを詳しく知っている日本人は多くはないし、日本人の宇宙物理学者も特に困りはしないだろう。
でも、創世記を知らない西洋人というのは、どうだろう、ちょっと想像がつかない。

「天と地」と聞いて、一般の日本人が思うのとは異なる意味合いが、西洋ではイメージされるのだろうと思う。
「レクイエム」にももちろん、日本人が思っているような「鎮魂歌」とは、違う意味があるだろう。

羽生選手が陰陽師を演じるというので、もしかしたら異教の怪しい呪術師のように受け取られはしないかと思った。
しかし、羽生選手の「SEIMEI」は陰陽師を越えた何者かであり、神秘的でありながら清冽で、高潔さにあふれていた。

奇しくも萬斎さんに「天地人をつかさどる」と言われたが、それは「天と地のレクイエム」を知っての発言だったのだろうか。
天地人をつかさどるのは、宇宙の原理なのか、それとも神のわざなのか。

彼の魂をそのまま捧げつくす「天と地のレクイエム」は、いずれ世界の舞台で演じられるだろう。
その誠実が、異なる文化の障壁を乗り越え、受けとめられていく事を願ってやまない。

氷の舞台という凝縮された小宇宙で、彼がつかさどるその世界は、さらに磨かれ、煌めきを増していく事だろう。
天と地とが苛烈ならば、人はその間にあってなおもすっくりと立ち舞い続ける、そんな彼の舞台であってほしいと思う。




テーマ : フィギュアスケート
ジャンル : スポーツ

被災地の声を聴き、伝えていきたい

24時間テレビの「天と地のレクイエム」。
その美しい演技に重ねられた、鈴江奈々アナウンサーのナレーションです。

150822 24tv2

「亡くなったかた、1万5千892人。
行方不明のかた、2573人。」

150822 24tv3

「変わり果てた町。目をそらしたくなる現実。
絶望する人々をあらわしています。」

150822 24tv4

「どうすればいいんだろうと、混乱する姿。
何もない風景。」

150822 24tv6

「しかしそこには、星の輝き、月あかりが。
ひとつひとつ希望を見つけていきます。」

150822 24tv8

「そして、天に祈りを捧げます。」

150822 24H

「震災から4年5か月。あの日を忘れないでほしい。
羽生選手は、被災地の声を聴き、伝えていきたいと言います。」

150822 24tv9

「いまを生きる私たちは、悲しみを抱きながらも、前へ進むしかない。
そんな思いが込められています。」



羽生選手は、最初、観る方それぞれに感じていただけたら、と言っていたと思います。
けれどもそこにある失われた命の重さ、はかれなさを、どうすればいいのか、怖くて心乱れ、どうしようもなく、認める事ができず、迷っていました。
激情の向こうに、確かに見えたはずの希望を受け取りそこね、それが鎮魂なのか苦痛なのかもわからなくなっていました。

突然の理不尽に命を失ったかたたち。
今もなおゆくえのわからぬままのかたたち。
家族を失い家を失い、帰るべき場所に帰る事ができず、それでもなお、今日を生きておられる方たち。
そのかたたちに何ができるのかを、あがきながら模索し続けていた羽生選手の4年5カ月の真摯。

16歳のあの日から、長い旅の果てに、美しいプログラムとして天に響かせ、地に花を咲かせてくれた事に、感謝を贈りたいと思います。






画像はこちらの動画よりお借りしました。ありがとうございます。
聞き取りに間違いがありましたらご容赦ください。

テーマ : フィギュアスケート
ジャンル : スポーツ

初めて、「天と地のレクイエム」

被災者のかたの前で初めて演じる「天と地のレクイエム」。
心を込めた演技のあと、微笑みながらリンクから出ていく羽生選手の姿。
それはいっそ清々しい、スケートの事しか考えていなかった16歳の少年の頃のような、澄み切った表情でした。

今までのような、辛い涙や、重たい苦悶はもう、そこには残っていません。
何度も演じるうちに深まり変化していった心の有りようが、被災者の方たちの前でこそ、昇華されていったのかもしれません。

もちろん、羽生選手の4年5か月には、かけらほどの罪さえあろうはずもありません。
けれども、彼につきまとってきた後ろめたさ、自分を責める気持ちを、被災者のかたの前に告白し、演技として見ていただけたとき。
あたかも、神の前に懺悔をしたあとのような、心の安らかさを彼は抱いたのかもしれません。

これまでの、息も止まるような苦しい演技は、この日のためだったのかもしれない。
亡き人の声を捜し、生きる人の声に耳を澄まし、美しいかたちに氷上に集めて、天へと届けていくプログラム。
「天と地のレクイエム」が初めて本当に、鎮魂の曲になったような気がしました。

150822 24H






画像はこちらの動画よりお借りしました。ありがとうございます。

テーマ : フィギュアスケート
ジャンル : スポーツ

プロフィール

yuzurufight

Author:yuzurufight
読んでくださってありがとうございました

あたらしい記事
あたらしいコメント
カテゴリ
月別アーカイブ
タグリスト

羽生結弦 世界選手権 SEIMEI バラード1番 オペラ座の怪人 NHK杯 ファンタジーオンアイス ファイナル 宇野昌磨 天と地のレクイエム オーサーコーチ 国別対抗戦 パトリックチャン 全日本 宮本賢二 野村萬斎 高橋大輔 フェルナンデス ソチオリンピック 浅田真央 織田信成 FaOI 町田樹 オータムクラシック 小塚崇彦 KENJIの部屋 全日本選手権 プルシェンコ 無良崇人 能登直 宮原知子 中国杯 スケートカナダ 陰陽師 デニス・テン 佐野稔 パトリック・チャン ナム・ニューエン 本田武史 村上大介 FaOI 24時間テレビ チーム・ブライアン ハビエルフェルナンデス ファントム アイスジュエルズ 鈴木明子 Number 四大陸選手権 パリの散歩道 ボーヤン・ジン クリケットクラブ あさイチ ビリーヴ DOI オリンピック 平昌オリンピック 都築章一郎 ガーナ 山本草太 阿部奈々美 ボーヤンジン クリアファイル 安倍晴明 フィギュアスケートTV スポーツ酒場語り亭 安藤美姫 盛岡エキシビション ジェフリー・バトル 野口美恵 手術 NHK杯 ショパン ジョニー・ウィアー 本郷理華 八木沼純子 シェイ=リーン・ボーン 荒川静香 花になれ ロッテガーナ 衣装 NHK バスクリン ブライアン・オーサー シェネル 中日賞 ロッテ DOI 樋口新葉 村上佳菜子 スケートアメリカ デニステン 磯田道史 パパダキス フィギペディア アドラー ロミオとジュリエット 4回転 ロミオ+ジュリエット 四大陸 松岡修造 世阿弥 短歌 ロシア杯 村主章枝 トリプルアクセル フランス杯 仙台 世界ジュニア 花は咲く アオーレ長岡 トロント 俳句 闘争本能 ANA COC カナダ杯 ハビエル・フェルナンデス TCC 羽生結弦語録 リスフラン靭帯 ヤグディン 悲愴 樋口豊 カナダ選手権 欧州選手権 紅白 情熱大陸 スケーティング スターズオンアイス はたちの献血 ザヤックルール ナムニューエン アディアン アイスリンク仙台 岡崎真 ジャパンオープン きき湯 トゥクタミシェワ グレイシー・ゴールド ランビエール キシリトールホワイト 井上怜奈 G2 ジュベール イーグル 劇団四季 宇都宮直子 殿、利息でござる! 本田真凛 ジョニーウィアー フィギュアスケートLife 華原朋美 コーラスライン ティモシー・ゲーブル 川畑要 ラトデニ 4Lo 白岩優奈 ツィメルマン フロー ライフ ウィルソン フィギュアスケートライフ グランプリファイナル 献血キャンペーン 本田真凜 福間洸太朗 家庭画報 ジェフリーバトル 報道ステーション ブライアンオーサー Believe 献血 青嶋正 茂木健一郎 AERA 西野友毬 朝日スポーツ大賞 無私の日本人 題名のない音楽会 バレンタイン 長洲未来 清塚信也 シェイリーン 太田由希奈 ニューイヤーオンアイス ファイナルタイムトラベラー ネイサンチェン ケヴィンレイノルズ ゾーン 

あたらしいアイテム
検索はこちらから
QRコード
QR