「KENJIの部屋」第5回 あの日の涙

羽生結弦選手エピソード5(前編)

~一番最近泣いたことは?
「なんですかね。世界選手権で2位になった時はめちゃくちゃ泣きましたけど。それくらいですかね。何泣いたかな?結構泣き虫なんですよ僕。意外と泣き虫で。しょっちゅう泣いてるんですけど、あんまり表に出さないですけど。」

「中国で2位になれて、点数が出た時にびっくりして、こんなにもみんなが応援してくれたから。それこそ基礎点の話じゃないけど、ここまでなんとかしっかり回って点数が取れたんだという」

「皆さんの力を感じて、わーって泣いちゃって。隣にブライアンもいたので、ブライアンの力もそれこそ感じて。この状況でも自分のことを普通に支えてくれたので。いろいろこみ上げて来てわーっと泣いたのを覚えています。あれがたぶん一番の号泣だと思います。世界選手権は悔しくてうぅぅぅ~ってなったけど、中国の時はヒクヒクヒクヒク泣いてました」

~人生最大の大失敗は?
「いや~~、最大の失敗って思ったことないです」
「そういうのはないですね。これだけしなければよかったみたいなことですね?ないですね。常にそういう事ばっかり考えているので。でも後悔はほとんどしないです、基本的に。試合の時とか例えばショーの時に、あ、こうすればもっと跳べたのに、っていう後悔はありますけども」
「これしたから何か人生に影響するかっていうのは考えたことがないです。それが全部運命だと思っているので。かっこいいこと言った(笑)」


あの時泣いたのも見ていたし、何も後悔していないのも、うん、知ってるよ、と思いながら聞いていました。

私には医学の知識もありませんし、あとで怪我の状態を伝え聞いただけで、出場の可否を断言するなどできません。
それでも今、あのフリーは出てはいけなかったと思っています。
あの演技を観て羽生選手に惹かれてしまったのにもかかわらず。

今、ネットやテレビでうっかりとあの時の映像を目にすると、正視する事ができません。
その恐ろしさとともに、その死の匂いとともに、その危険な美しさにまた魅入られてしまいそうで。
「世に出してはならないもの」と能登さんが怖れられた、その通りだったと思います。

友人が言った「自己犠牲」という言葉を思い出します。
それは、観念としては美しいかもしれないけれど、決して崇めてはならないものだと思っています。

狂気にも似た、とも称される演技を見せる彼。
空中に身体を投げ出すようなジャンプを跳ぶ彼。

あの時彼は、スケートの神と悪魔との間で取引をし、賭けに出た。
自分の身体を捧げる賭け。
スケートの神の前で殉教者になる事を選んだ。
審判は下り、彼は生きて帰ってきた。
「それが全部運命だと思っている」



最近、世阿弥の事を少し勉強していて、「離見の見」という言葉を知りました。
自分が観客からどう見えるかという意識、さらにそれを俯瞰して見る。
目を前のほうに見すえつつも、心を後ろのほうに置く。
あの時、基礎点を積み重ねる事に一心不乱だった彼は、観客からどう見えるかを忘れていた。
けれどもキス&クライに生還した時、観客が自分のために祈っていてくれたことを知った。

だから子供のように、あんなに泣きじゃくったのかな、と思ったりしています。




※ 続きます
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The point of no return.

その決意を止める事は誰にもできなかった。

痛みに歪む顔、涙をぬぐう指、一瞬も途切れない闘志。
傷ましく、あってはならない事。人が目にしてはならないもの。
神聖な、五体投地の巡礼のような、祈りをささげつくす姿。
でもそれは、妖しく美しい翳りをまとった、甘やかで危うい何かでもあった。

逃げ出したいのに捉えられ、自分のなかに矛盾が渦を巻く。
やめてほしいという倫理と、やめないでという罪に引き裂かれる。
夢のような音楽への陶酔、攻める事しかない競技への透徹。
赤と黒と白のきらめく衣装の、愛と業とに焼かれるファントム。

いや、彼はただがむしゃらに演技しているのではない。
わずかの間に計算し、修正し、0コンマ1のポイントでも逃すまいと狙っている。
今成しうるかぎりのエレメンツを、この極限状態で完遂しようとしてる。
傷ついた身体に命令し続ける頭脳が、冷静この上ない勝負に出る。

なめらかに踏み込まれていくスケーティング。
ジャンプの失意を補って余りあるほどの美しいスピン。
抑えられ、ていねいな動作は優雅に語りかけるようにさえ見える。
時おりみせる強くきっぱりとした動きは、最後まで必ずやり通す意志の表示。

中国杯

なぜいつも、選手生命をかけるようなぎりぎりの場所で闘い続けるのだろう。
力を尽くさねば入れない狭き門が彼の前には用意されている。
持てる力のすべてを尽くしてくぐりぬけ、彼は死から生へと歩み出す。
その門の向こう側に幸福を見たように、息をつき、微笑んでいた。



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世に出す写真ではないと思った



Sportiva フィギュアスケート「羽生結弦から始まる時代 」について、そこに「ない」ことのメッセージという記事を書きました。
あの時能登直さんはCOCのリンクサイドにいて、傷ついた姿で「オペラ座の怪人」を演じる羽生選手の写真を撮影しなかったのか。
撮影したけれどもそれは封印して、雑誌には掲載しなかったのか。
どちらなのかは、その時には知りませんでした。

あきさんのブログで、このことについて能登さんが話されたことを知りました。

「事故直後、何が起こったのかわからず…
肉眼で様子を見ていた。
写真は、撮れなかった…
もし、撮っても…
世に出す写真ではないと思った。」


スケートとは離れてしまうお話でごめんなさい。
私がこれを読んで思い出したのは、新宿西口バス放火事件の事です。 wiki
一般人の私でも知っている事件なので、プロの写真家である能登さんはご存じだろうと思います。
バスが放火され炎上するのを、偶然写真に撮った報道カメラマンがいた。
しかしそのバスの中には、彼の実の妹が乗っていた。
妹を救護せずスクープ写真を撮った事を知ったその写真家は、その後報道カメラマンから風景写真へと転向した。


COCのその状況はテレビ中継され、たくさんのカメラマンがいたので、自分ひとりが写真に撮らなくても世に出てしまう事は、能登さんは当然わかっていたはずです。
突然の事故、壮絶な演技。
写真家であれば、そんな瞬間をカメラに収めるのは本能に近い事だろうと思います。

今でこそ、怪我の具合やその後の羽生選手がどうなったかは誰でも知っているけれど、その時点ではまだ誰にもわかりませんでした。
でもそこで、「もし、撮っても世に出す写真ではない」と判断した能登さん。
その場にいた大勢のカメラマンの中でシャッターを切らなかったのは、おそらく能登さんひとりだったのではないでしょうか。

それは、プロとしての冷徹を捨てて、長くつちかってきた羽生選手との信頼を選んだということかもしれない。
カメラマンである事の前に、ただ羽生選手を守りたいだけの、ひとりの人間であろうとしたのかもしれない。
だからこそ、他の誰にも撮影できない羽生選手の表情が撮れるのかもしれない。


そんなふうに思いました。


あきさん、ありがとうございました。

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