「KENJIの部屋」第4回 「花になれ」

羽生結弦選手エピソード4(後編)
エピソード4もラスト近く、ここには J SPORTSの書き起こしには載っていない発言も多く出てきます。
「花になれ」の振り付けについてなど、大切な発言だと思うので追ってみます。

~クラシックの魅力
「クラシックなので、それは賢二先生と振付の時も話しましたけれど、クラシックって別に歌詞に捉われるわけでもないし、その曲の背景が決まってるわけでもないので、その時の自分の感情ていうのをフルに出せますよね」
「緊張感もより出せますし、素の自分でというか」

2013 全日本EX“花になれ” 1

~曲が振付をくれる感じ
「たぶんそれをこだわり始めたのは、賢二先生に「花になれ」を振付していただいた時に、「花になれ」って最後、自分の得意なスピンで終わりたかったんですよ」

2013 全日本EX“花になれ”4


~EX「花になれ」振り付け秘話
「だけど、それ、縮まないんだよ、花咲いてないじゃんて、つぼみじゃんそれ、っていう事を(賢二先生に)言ってもらって」
「結局最後たぶんバックスクラッチで終わろうとしてたんですよね。でも最後トンプソン(?)で、手開いて。ってすごい言われてて」
「例えばパンケーキとか、(足を膝に乗せる動作)これもすごくちっちゃくなっちゃう。もっと大きくなって、って言われたのを非常に残っていて、それからですね。その曲に合わせて、自分の得意な動きをするのじゃなくて、曲に合わせて振付をしようって」
宮本先生「すみません、褒めていただいて」

2013全日本EX“花になれ”3


~羽生結弦のこだわり
「一つこだわり始めると止まらないんですよね。だから何か、完成形にさせたいんですよ、どうしても。その、何か一つを注意すればOKじゃなくて。ジャンプもそうなんですけれども、跳べればいいってもんじゃないと思うんです。いかにきれいに跳んで、いかにその体力を使わないでシュッと跳んでパッと降りれるっていうのを、すごくこだわるんです」
「たぶんそのスケートに対するこだわりみたいなものは、たぶん人よりも強いと思いますね。その表現とか、ステップとか、ジャンプとか、スピンとか、そういう個々じゃなくてすべてにおいてです。全部こだわります」

宮本先生「こだわりとかを話しだしたら多分」
「だいぶ話せると思いますね。そうすると多分ウォームアップの話から始まると思うので…やめましょう」

2013 全日本EX“花になれ” 2


クラシックと言っても、表題のない「バラード1番」のような音楽の事を話していますよね。
物語があり歌詞があるオペラのような曲の場合は、もちろん、この限りではありません。
背景のない音楽に、素の自分や一期一会の感情を込められるというのは、「花になれ」のような曲とは逆の魅力でもあるのでしょう。

そして「花になれ」の、シットスピンでも大きく動いて、つぼみではなく花が咲くように表現する、というのは、宮本先生の素晴らしい指導だと思います。
「花になれ」だから、自分の力で花となり自分の花を咲かせるのだという意志が見えるように。

そして、できないことはできるまで何度でもやる、できるようになったらより美しく、細部までを磨き抜いて洗練させていく。
スローモーションで見ても、すっと両脚が伸びてクロスする空中姿勢や、細くて爽快な回転、完璧に回りきって真っ直ぐに降りてくるエッジの美しさまで、整えられたジャンプにはいつもうっとりします。
ウォームアップからのこだわりは、語り始めたら夜が明けてしまいそうです。






画像はこちらの動画からお借りしました。ありがとうございます。
2013 MOI・花になれ
スポンサーサイト



テーマ : フィギュアスケート
ジャンル : スポーツ

「KENJIの部屋」第3回 東日本大震災、そして

羽生結弦選手エピソード3(前編)
羽生選手と宮本先生のお話は、東日本大震災について。
「震災があったことによって、表現しようと思う気持ちっていうのは、その上限も下限もかなり広がった」
「僕自身が感じている普通の羽生結弦と、スケーターとしての羽生結弦と、被災地の代表、その頃は被災地代表みたいな目を持たれていた、被災地代表としての羽生結弦と、それぞれいろんな羽生結弦像があって、そのどれを信じたらいいのだろうって、葛藤がありました」
阪神大震災を経験された宮本先生にもあるだろう、自分たちの力ではどうしようもない。
「それこそ地球規模の話じゃないですか」「悲しみ、つらさ、無力感」

花になれ 2012 NHK EX

宮本先生が羽生選手に初めて振付けられた、初めての日本語の曲、「花になれ」。
「僕自身その歌に救われたっていうのもあるし」
「僕がその辛いことから乗り越えたみたいな表現をすることによって、その歌詞を皆さんが自分自身と照らし合わせたりだとか、または他の方を思ってそれをリンクさせたりだとか、そういうことをして頂けるプログラムだと思うので、非常にまだ大切に滑らせて頂いてます」
ありがとう、と涙ぐむ宮本先生。

その後、大きく飛躍していく羽生選手に、必ずつきまとう震災の話。
「最初は嫌でした」自分はそんなに大きな被害に遭ったわけではない。
「自分はただ好きでスケートやってきたのに、なんでこういうものを背負わされなきゃいけないんだろう?」
「でも僕にしかできないことなんだよな」そのジレンマから
「僕は被災地代表としてではなくて、日本代表の1人として、羽生結弦としてこれから挑む試合に出ます、って言っていた」

KENJI 3 1

けれども、試合に出、ファンからの手紙を読んだりするうちに、
「何か元気になって頂ければ、何か心が動くような演技ができれば。そういう思いを持ってやってた」
「その手紙とかをいろいろ読んでたら逆に被災地の方々からエールを受けてて、逆に支えられてるというか。もちろん被災地の方々じゃなくても日本全国の方々から。」
「誰かのためにやってるっていうのも非常に大事だと思うんですよね」

「そういう気持ちが僕を通して1つになれるっていうか」
「孤独になった方々も含めて、西日本と東北、東日本というものが自分を通して1つになれる。ばらばらになっているのに、自分を通して1つになってくださっている」

KENJI 3 2

そして、2011年4月9日、神戸チャリティー演技会での「ホワイト・レジェンド」。
「今でも鮮明に覚えてるんですけども、あれが今の僕のスケートをしようと思った原動力ですし」
「多分これから一生あの演技はできないと思いますし、あの時の自分の気持ちだからこそ表現できた、暗い所から飛び立っていくというものを込めた表現だったので、あれは自分の中でも特別ですね」
「あそこで僕がもし神戸に呼んで頂けてなかったら、多分ほんとにスケートをする時に絶対考えてたと思うんですよ。「自分がほんとにスケートしてていいのかな」って」
「あの神戸に呼んで頂いたおかげで、って、本当に思ってますこれは」


自分が三つに分離してしまうような感覚から、それが一つの像を結んで、また、スケーターとして強く歩きはじめるまでの葛藤に、胸の詰まる思いのするお話でした。
特に「誰かのために」という何気ないけれども大きな一言は、その後、世界で戦っていく羽生選手をずっと支えていったのではと思います。

そして「孤独になった方々」と。これが私にとっては、ぐさりと胸に突き刺さるようでした。
被災され、家族や友人を失い、住む場所をなくされた方たちの、怖さや、辛さは、私なりに思ってみてはいました。
でもそこに、孤独という言葉を置いてみた事はありませんでした。
それは、封印して、なかったことにして、忘れていた言葉でした。
羽生選手は、みずみずしいまっさらな心で、人々に寄り添い、その孤独を感じとり受け止めて、ためらいなくそこに同化して、一緒に傷を負っていたのだ、と。





画像お借りしています。ありがとうございます。

テーマ : フィギュアスケート
ジャンル : スポーツ

20歳の夏

150822 武道館 1

横顔に汗をしたたらせながら、マイクを手に、一生懸命に言葉を紡ぐ羽生選手。

150822 武道館 2

「とにかくほんとに、津波でも辛い経験をされ、または放射線の事でなかなか帰れない方もいらしゃったり、または避難区域が解除されたとしても、お医者さんがいなかったり、またはスーパーがなかったり、そういった辛い現状で帰れない方がいらっしゃるので」

150822 武道館 3

「ちょっとでも、希望になれば、または何かを大切にできるきっかけになればと。
滑れてよかったなと思います。」

150822 武道館 4

「いやもうとにかく、僕にできることは何だろう、という事を常に考えていて。あそこで仮設に行って、お話できることも僕にできることのひとつかもしれないですけれども」

150822 武道館 5

「やはり僕がみなさんの前で滑って、やっぱり感謝の気持ちというか、僕自身がいちばん支えられていますということを伝える事を常に考えてきました。」

150822 武道館 6

「本当にうれしかったですね。僕自身も被災地にいて、そして避難所に行って、僕自身もその、皆さんと同じように、本当にたたみ1畳2畳ほどのスペースで家族4人で寝たりだとか、辛い思いもありましたけれども」

150822 武道館 7

「ただ本当に、ここまでやってこれたのは、みなさんに支えられた結果だなと思ってます。」

24時間TV「天と地のレクイエム」1

被災地の声を聴き、その厳しい現実を見つめた。

24時間TV「花になれ」4

それでもなお、風の中で、明日に生きていく事を誓った。
旅をし、駆け巡り、未来を捜しつづけた、20歳のすばらしい夏が終わろうとしています。
課せられた使命以上の、自分で選んだ生き方だから。
「生命」という名の新しいプログラムが結実する秋。
そこにきっと、彼の答えがあるのだと思います。







画像はこちらの動画からお借りしました。ありがとうございます。

テーマ : フィギュアスケート
ジャンル : スポーツ

2011年・夏

2011年7月、被災して仙台を離れ、全国のアイスショーに参加しながら練習を続けていた羽生選手。
16歳の彼に、浅田舞さんがインタビューした記録が、ネット上に残されています。
今はもう更新されていないブログの、こちらの記事です。

まるで姉と弟の会話のように、自然に素直に話す羽生選手。
3月11日のことについても、思い出すままにすべて話している感じがします。
長くなりますが引用させていただきます。

2011.png

「リンクで練習していました。地震が来た時に練習していたんです。逃げようと思ったけど、逃げ遅れてしまって。その前に、岩手県の内陸地震がずっとあって、震度3くらいの地震が続いていて、今回もそれくらいだろうって、思っていて。一般の営業中だったので、お客さんがいたんですよ。で、阿部(奈々美)先生と(一緒に練習していた)先輩の選手と3人でまずお客さんを出さなきゃと思って、そうやっているうちに逃げ出せなくなって、3人で、リンクの中でずっと揺られていました。リンクの上に天井のボルトとか、落ちてきました。天井の電球の近くからとか、落ちてきました。フェンスも揺れると、音がするじゃないですか。バーンとか。うちのリンクは、ガラス張りで、窓もドアも全部、ガラス張りだから、割れる音や、ガラスとガラスが当たる音がすごかった。全部、聞こえて、もう半端ではなく、こわかった。壁の部分がバシャっと出てきてしまったり。柱が曲がっているのが見えたし、壁が崩れました。あとで停電になっちゃって、リンクの氷が溶けちゃったんです。あーっ、今でも鮮明に覚えてますね。その後に、逃げようとしたんですけど、足が動かなくて、出られなくなっちゃったんです。ずっと揺られていて、足がこわばってしまって、立てなくて、そのまま四つんばいで、はっていきました。スケート靴を脱がなきゃいけないなって思って、安全な場所に移ってすぐに、靴を脱いで、靴下一枚で、それに半袖だったんですよ。ちょうど外は吹雪になっちゃったんですよ。だから、すごく寒かったんですよ。靴もないし。」

「スケートをやろうって思わなかった。やろうって、そこまで頭がいかなかった。まず、これからの生活。電気が戻るか、水道が飲めるようになるかっていうのもあったし、最初は福島の原発事故のことは聞いてなかったんですけど、だんだん、仙台もどうなっちゃうんだろうというのも考え始めたし、大変でした。」

「スケートが楽しんだなって、改めて思いました。何だろう? やっぱり、4日間ですけど、避難所生活をしていて、やることがないなっていう気持ちだとか、そういう感情がすごくあって楽しくなった。調子が悪くても、ジャンプを転んでも転んでも、現実逃避じゃないけど、「楽しいな」って、そういう風に感じられるようになりました。だから、(震災の影響で)体を動かしてなくて、ずっと休んでいて、全然、ジャンプが跳べなくなっちゃったけど、でも、神戸のチャリティーショーが決まっていたから、それに向けて、頑張らなきゃいけないと思ったし、もしかしたら、これから練習していけば、もっともっとうまくなれるっていうのが、楽しみになってきた。」

「仙台で避難している時は、ボランティアに行きたいなって、東北の選手としてではなくて、一般市民として、仙台市民、宮城県民として、沿岸の方々を助けたいなと思いました。地震がおきて、津波もおきたって情報が全然、入ってこなかったから、まず最初に家の中を片づけなきゃいけなくて、その後、避難所に行ってもまだ、情報とか手に入れる手段がなかったから、一晩過ごして、被害がおこっているのは、宮城県くらいかなと思っていたんですけど、次の日、起きたら、新聞が届いてたんですよ。驚きました。それで、何でこんな風になってんだろうって、もう初めて、テレビの映像を見た時とかは、本当に5日後とかくらいでしたが、現実のものとは思えなかった。自分たちが体験したことが、本当にこういうことになっていたんだってことが、信じられなかった。でも、今は、こうやってスケートを見てもらって、「元気が出たよ」っていう言葉をいただいているので、まず自分がやるべきことはこれなんじゃないかなと思っています。まず、できることを、僕しかできないことをしっかりやる。それをまずはまっとうしたいかなって思います。」

「(被災して)すべての部分で感情のレベルが1段階、2段階、上がったかなと思います。喜びであり、哀しみであり、つらさであったり、それを今回のプログラムには組み込んであると思うので、つらさについては、スケートができないつらさだとか、何もできないもどかしさを、これ以上ないくらい感じたので、その感情がちゃんと演技の時の幅になるんじゃないかと思います。」

2011.jpg

ここにいるのは、ジュニアチャンピオンではあるけれど、ごく普通の高校生の男の子です。
震災がどんなに怖かったか、寒くて不安だったかを、隠さずに話しています。
そして、ボランティアに行きたいと思った、でもスケートの楽しさを再確認し、自分はやはりスケートでがんばって行くのだと決意しています。
そこには、負い目だとか、無力感だとかは、あらわれていません。

被災して、学校が避難所になってしまったとき。
野球部の高校生ならこれから野球ができるだろうかと思い、合唱部の高校生ならまた思い切り歌が歌えるだろうかと思うでしょう。

でも彼は、その後、怖くて寒い思いをしたことさえ、そのまま口にはできなくなってしまいました。
スケートをやっていていいのかと、疑問に思わなくてはならなくなりました。
弱音は出せない、その一方で、被災者の代表であるかのように扱われてしまう。

一生懸命頑張った高校生が、その努力が実るほどさらに重たい荷物が増え、何かが歪められていく。
怖い思いをした少年の傷は封印され、さらにまた強くなろうと自分に課題を課していく。
それは、オリンピックで優勝してさえ終わる事のない、頸木に繋がれたような4年間だったのかもしれません。


そして、2015年・夏。
死の淵をのぞき命を削るようなシーズンが明けて、「天と地のレクイエム」、そして「花になれ」を笑顔で演じた彼。

「ちょっとでも希望になれば、または何かを大切にするきっかけになればと、滑れてよかったなと思います」
「やはり、僕がみなさんの前で滑って、感謝の気持ちというか、僕自身が一番支えられていますという事を、伝えることを常に考えてきました」

150822 スピーチ

それは、16歳の被災者であった自分を許し、その場所に戻って、もういいんだよ、大丈夫と、解放できた姿のように思えました。




画像お借りしています。ありがとうございます。

テーマ : フィギュアスケート
ジャンル : スポーツ

24時間テレビ・「花になれ」

答えのない毎日をさまよっていた羽生選手を支えてくれたこの曲。
被災地で出会ったかたがたの前で、笑顔あふれる演技を観ていただく事ができました。
「決してあきらめなければ輝く明日がやってくる。」

150822 花になれ 1

寒いリンクに流れる彼の息づかいも美しい。

150822 花になれ 2

「Believe」の振り付けが、力強く、ここにアレンジされ再現されていました。

150822 花になれ 5

指先の表情にまで行き届いた、繊細な、でも晴れやかな演技にひきこまれます。

150822 花になれ 10

本当に花のように笑う羽生選手。

150822 花になれ 9

ただ、ごめんなさい。
指田郁也さんと合唱団とのコラボレーションは、残念ですけれども、しっくり響いていないように私には聞こえました。
編曲なのか、声質なのか、音域なのか、音響なのかは、わからないですけれども。
合唱団のソプラノなど高音が出しにくかったのでは、本当に惜しいなと思いました。

150822 花になれ 7

でも、感情のこもったステップや、イーグルからのトリプルアクセルなど、羽生選手の演技は素晴らしかったと思います。
「天と地のレクイエム」と組曲となったような構成で、鎮魂の祈りから、生を肯定し、また歩き出し生きていく勇気を演じきった羽生選手。
招待した福島のかたたち、合唱団や指田さんと一緒に、支え支えられていく未来をみつめていました。
ひとりひとりが花のように、風に立ち、生命を咲かせる。
そんな明日が見えるようでした。







画像はこちらの動画よりお借りしました。ありがとうございます。

テーマ : フィギュアスケート
ジャンル : スポーツ

プロフィール

yuzurufight

Author:yuzurufight
読んでくださってありがとうございました

あたらしい記事
あたらしいコメント
カテゴリ
月別アーカイブ
タグリスト

羽生結弦 世界選手権 SEIMEI バラード1番 オペラ座の怪人 NHK杯 ファンタジーオンアイス ファイナル 宇野昌磨 天と地のレクイエム オーサーコーチ 国別対抗戦 パトリックチャン 全日本 宮本賢二 野村萬斎 高橋大輔 フェルナンデス ソチオリンピック 浅田真央 織田信成 FaOI 町田樹 オータムクラシック 小塚崇彦 KENJIの部屋 全日本選手権 プルシェンコ 無良崇人 能登直 宮原知子 中国杯 スケートカナダ 陰陽師 デニス・テン 佐野稔 パトリック・チャン ナム・ニューエン 本田武史 村上大介 FaOI 24時間テレビ チーム・ブライアン ハビエルフェルナンデス ファントム アイスジュエルズ 鈴木明子 Number 四大陸選手権 パリの散歩道 ボーヤン・ジン クリケットクラブ あさイチ ビリーヴ DOI オリンピック 平昌オリンピック 都築章一郎 ガーナ 山本草太 阿部奈々美 ボーヤンジン クリアファイル 安倍晴明 フィギュアスケートTV スポーツ酒場語り亭 安藤美姫 盛岡エキシビション ジェフリー・バトル 野口美恵 手術 NHK杯 ショパン ジョニー・ウィアー 本郷理華 八木沼純子 シェイ=リーン・ボーン 荒川静香 花になれ ロッテガーナ 衣装 NHK バスクリン ブライアン・オーサー シェネル 中日賞 ロッテ DOI 樋口新葉 村上佳菜子 スケートアメリカ デニステン 磯田道史 パパダキス フィギペディア アドラー ロミオとジュリエット 4回転 ロミオ+ジュリエット 四大陸 松岡修造 世阿弥 短歌 ロシア杯 村主章枝 トリプルアクセル フランス杯 仙台 世界ジュニア 花は咲く アオーレ長岡 トロント 俳句 闘争本能 ANA COC カナダ杯 ハビエル・フェルナンデス TCC 羽生結弦語録 リスフラン靭帯 ヤグディン 悲愴 樋口豊 カナダ選手権 欧州選手権 紅白 情熱大陸 スケーティング スターズオンアイス はたちの献血 ザヤックルール ナムニューエン アディアン アイスリンク仙台 岡崎真 ジャパンオープン きき湯 トゥクタミシェワ グレイシー・ゴールド ランビエール キシリトールホワイト 井上怜奈 G2 ジュベール イーグル 劇団四季 宇都宮直子 殿、利息でござる! 本田真凛 ジョニーウィアー フィギュアスケートLife 華原朋美 コーラスライン ティモシー・ゲーブル 川畑要 ラトデニ 4Lo 白岩優奈 ツィメルマン フロー ライフ ウィルソン フィギュアスケートライフ グランプリファイナル 献血キャンペーン 本田真凜 福間洸太朗 家庭画報 ジェフリーバトル 報道ステーション ブライアンオーサー Believe 献血 青嶋正 茂木健一郎 AERA 西野友毬 朝日スポーツ大賞 無私の日本人 題名のない音楽会 バレンタイン 長洲未来 清塚信也 シェイリーン 太田由希奈 ニューイヤーオンアイス ファイナルタイムトラベラー ネイサンチェン ケヴィンレイノルズ ゾーン 

あたらしいアイテム
検索はこちらから
QRコード
QR