手紙

先日、非公開のコメントをいただきました。
2014年のCOCで、彼に魅了されたことが書かれてありました。

私も、そのかたのように、あの頃、衝撃を受け心配しとまどいながらも、
感動したことを否定しません。

でもそれは、私が間違っていた。
だから今は申し訳なくて、彼にお詫びをしたい、懺悔したいような気持でいます。

私は、自分の気持ちのほうを優先させてしまった。
怪我をしていても大丈夫であってほしいとか、
あきらめない姿に勇気をもらったとか、
自分の都合のいいように、自分が安心できるようにしか考えていなかった。
そんな事を言ってる場合ではなかった。

そんなものよりも、もっともっと大切な彼の生命の危機に気がついていなかった。

あのとき、リンクサイドでカメラを構えていた能登直さんは、
シャッターを切る事ができなかったと聞きました。
その事は、じわじわと私に問いかけてきて、響いてきて、
私はやがて、あの時の写真も映像も見る事が辛くなって、正視できなくなりました。


引退したら講演をやりたい。
そしてスポーツ界全体に貢献したい。
「脳震盪の危険性を説得力をもって伝えられる」
「新たな使命をいただけたと感じている」
彼は、自分は脳震盪ではなかったと言いながら、なぜそんな事を言うのでしょう。
あの、混乱した時間の中で、自分にいったい何が起こったのか。
無我夢中だった当時は気がつかなかった事も、今は、
見えてきているのではないかと思います。

そして、怪我なく、コンディションよくスタートに立つことの大切さを、
繰り返し口にするようになりました。


アスリートだから、試合には出たい。
彼が滑りたい気持ちはとてもよくわかる。
でも、怪我をしていて滑ってはいけなかった。

フィギュアスケートはもともと、危険の伴う競技です。
それだからこそ、大怪我をした直後に、出場してはいけない。
それ以上の危険を追いかけ重ねてはいけない。
それは、どんな偉大なスケーターであっても、
どんな大切な試合であっても、変わる事はありません。

あのとき彼はかろうじて、自分でも言っている通り、
「リスクのある賭け」をくぐり抜けることができました。
それをただ、感謝するばかりです。

健やかであってこそのアスリート。
彼ら彼女らの、伸び伸びとした、生き生きとした演技にこそ喝采を贈り、
魅了されたいと願っています。


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スポーツ酒場・語り亭 ~6「SEIMEI」の和の世界

タラソワさんも大絶賛する「SEIMEI」は、萬斎さんの助言から、振付に意味を持たせ深みを増した事が高得点のきっかけになっている。
振りを解釈し、自分の感情や意志を込める事が、音の解釈や表現力の評価につながっている。
今までなかなか理解されなかった「和」の世界を、シェイリーンさんが振付けることで、本物の和洋折衷の作品に仕上がった。
もし日本人が振付けたら、侘び・寂びや静を表そうとするあまりに、フィギュアスケートには映えなかったかもしれない。
最初に印を結ぶポーズも、日本人が振付けたのなら選ばなかったかもしれない。
それが、西洋から見た「和」の象徴的なポーズなのではないか。

そして、本田さんが指摘する「SEIMEI」の、静と動との絶妙な組み合わせ。
ステップの最後のクロスロールは、ジャッジに向って目線を据えながらにじり寄り、強いインパクトを与えている。

宮本先生は、全力で演技するあまりに、動が先に立ち静との境目がなくなりそうな羽生選手に、強弱を使い分けることをアドバイスしたという。
強く鋭い動きのあとに一呼吸をいれることで、やわらかくふわりとしたしなやさかを演出できる。
強く吸って、一瞬止め、静かに吐く、その見えない呼吸が美しい動作を支えている。
カナダで振付けて、日本では宮本先生にアドバイスを加えてもらえるとは。
得難い、素晴らしい、彼を支えてくれる、才能ある人たちのコンビネーションです。


能登さんは、ハイドロをかっこよく撮る事に苦心しているそうですが、それはもしかしたら、試合の撮影では、上から下をカメラで見下ろす角度になってしまうからなのではないでしょうか。

そして、静と動、緩と急の対比が美しいプログラムの構成は、羽生選手が編曲し、彼自身が、そういう起伏のあるプログラムを目指して組み立てた、という事かと思います。

日本の文化のさまざまな面に、海外の文化を受け入れ、学び、融合しながら、新しいものを創造してきた歴史を感じます。
「SEIMEI」のきらめく美しさにも、そんな伝統を今に生かす、日本人のしなやかさが潜んでいるような気がします。




…続きます

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スポーツ酒場・語り亭 ~5「SEIMEI」のジャンプ

本田武史さんがスケート靴を両手に解説してくださる羽生選手のジャンプ。
何度見ても、冴え冴えとした美しさが氷に映えてうっとりとさせられます。

今シーズンの74%という成功率の高さは、その空中姿勢の美しさがもたらす、と佐野さん。
細い軸でぶれることなく回転するために、そのスピードも速い。

…ここで、ボーヤン・ジン選手の4回転と、回転スピードを比較するのですが、
ボーヤン選手の映像は、4回転ルッツ、ではなかったでしょうか?

そして、羽生選手が3回転している時点で、ボーヤン選手は2回転している。
羽生選手は、離氷してからタイトなスクラッチ姿勢を作るまでが早く、細い軸で高速に回転するため、最後の一回転に余裕を持って降りる事ができる。
それが、ジャンプの安定につながっている。

そして、ジャンプを跳ぶタイミングもどの試合でもほぼ一定している。
それは非常に難しい事であり、入るまでのクロスの数、呼吸の数、音に合わせる練習をしなければならない。
身体の調子、リンクの状態が異なる試合にあっても、いつもそれができなくてはならない。

幅を大きく跳ぶことは、滞空時間は長くなるが、軸がぶれやすく難しい。
けれどもそのほうが、流れがあって質の高い、美しいジャンプを実現できる。


ジャンプのタイミングを一定にする、ということは、音楽にぴったりと合わせてジャンプする、という事と同じかと思います。
特にサルコウは、龍笛の音に誘われるようにターンして、風を切るような鋭い音とともに左脚のインサイドを滑らせ、離氷します。
澄みわたって尾を引くような、笛の音の息を感じるように回転し、太鼓と鼓の打音のインパクトに乗って着氷します。

音楽と一体となるという事自体に、高い技術が必要であり、それがそのまま、芸術性の高い美しいジャンプを実現するのだと思いました。



ところで、以前、佐野さんが「羽生選手のジャンプの軸は地球の回転軸と同じでまっすぐ」と言っていて、その時はとても納得したのですが、よく考えてみると、それはどういう事なのか。
…わかりません。


…続きます

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スポーツ酒場・語り亭 ~4 「バラード第1番」の魂

旋律がわかりにくく、タイミングの取りにくい「バラード第一番」を、
「今年は曲を全部支配できている。手を動かしたらそこに音が出てくるように」
「全部自分でかみくだいてやっているから、音と動きが観客に伝わりやすいのか」と、宮本先生。
本田さん「それもジャッジは見ていて、演技構成点、曲の解釈の高評価につながっている」
能登さん「指先が伸びている方が一枚の絵として完成度が高い」
そして「今シーズンの方が写真が撮りやすいのは、ひとつひとつのアクションに魂がこもっている」

能登さんが撮影した気魄あふれる一枚は、手のひらを大きく広げ指先まで張りつめて、強力にジャッジにアピールしています。


この一枚の写真を見たとき、もしかしたらこのためにこの衣装に変えたのかもしれない、と思いました。
去年とは違う、鮮やかな色合いのブルー、ベルトのゴールド、スパンコールのはっきりした輝き。
この、射抜くようなまなざし、強く外側へ向かって発する表情は、この衣装でこそ似合うのだろう。
「バラード第一番」に魂を込めて、アスリートの羽生結弦が演じるショパンだったのかもしれない。


曲を支配して、そこに音が出てくるように…という宮本先生は、萬斎さんの言葉を思い出させてくれました。
萬斎さんは、「西洋的な人は音をすべて体現しようとリズムをすべて刻んで振りが多くなる」と、日本と西洋の違いを言っていました。
彼はその「たくさんの振り」に、ピアノの一音を見つめ、強拍と高音を捉えることを追求して、西洋の音楽としてのショパンに迫って行ったのかもしれません。




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スポーツ酒場・語り亭 ~3 「バラード第1番」の新生

失ったもののある一方で、新しく得た美しさも確かにありました。
佐野さんが指摘する、シットスピンの時の手の動きです。
昨シーズンは目立った動きはなく、腕は身体を支えているくらいだった。
今シーズンは、曲に合わせて手の動きがスピンについてくる。
隅々まで徹底的にプログラムに詰め込み、曲に合わせ、インパクトを与える。


シットスピンは、低く苦しく、身体を押し込めて固め、息を詰めているように見えます。
そのかたちを保ったままに回転して、人が彫像になってしまうかのようです。
けれどもあの時、彼の腕から指先までが生き生きと動き、まるで叫んでいるようでした。
身体は小さく折りこまれているのに、両腕は大きく拡げられ、強い感情を訴えていました。
それは彼自らがピアニストにかわって、鍵盤を叩こうとしているかのようでした。


それは、エキシビションの振り付けで、彼自身が宮本先生に提案したことだという。
「僕はスピンでも表現したい」…それはいつか「花になれ」の振り付けの時に、「シットスピンでも大きく動いて、つぼみではなく花が咲くように表現する」と、宮本先生から学んだことだったと思います。
あの頃、その先生の教えをヒントに、回転しながら大きく動いて、花が開くのを表現していたのですね。
「KENJIの部屋」でそう言って、先生に感謝していたのを思い出します。

得意な技を見せるのではなくて、曲の情景にあった技を選び、振り付けをし表現する事。
それがこの新しい「バラード第一番」の、ピアノを奏でる多彩なスピンに生かされていたのだと思います。




…続きます

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