けれども、時々つらくなる

時空を旅して氷上に祈る人。
彼が捧げる鎮魂と追悼の、なんと澄みきって、力強く、美しい事かと思います。

でも、時々つらくなることがあります。

暑い夏、Tシャツ姿で太陽を浴びながら、仮設住宅を訪れた時と、
寒い冬、マフラーに冷たい風を避けながら、壊れた土地に祈っていた時。
荒涼とした場所で、その身に受け取る悲痛さは、突き刺さるような痛みだったのかもしれません。

そのせいか、深夜のリンクで繰り返すジャンプの音は、自分を鞭打つ響きであるかのように聞こえました。

自分一人で被災地を背負おうなんて、そこまで思っているとしたら、それはあまりにつらすぎる。
誰も追従を許さない高みに上りつめた事で、もしかしたら、その責任もずっしりとのしかかってきたと感じているのかもしれない。
競技会のあとのエキシビションで、みんながお祝いをしているのに、ひとりだけ辛いテーマを掲げる孤高も、重たさを増しているのかもしれない。

盛岡の時のように、観客もスケーターも一緒になって、一つを目指していく幸せに救われていてほしい。
当事者だったり部外者だったり、それは、分けようと思っても分けられないものだから。

世界はあなたを愛してくれる。
世界はあなたを助けてくれる。

あなたが世界を信じ、そして愛しているように。


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テーマ : フィギュアスケート
ジャンル : スポーツ

氷上の祈り

「明日へ つなげよう」氷上の祈り~NHK杯スペシャルエキシビションの舞台裏。
大槌町を訪れるのは初めてだったのですね。

「どういう表情で今暮らしているのか、どんな気持ちで暮らしているのか、直接聞くわけではないかもしれないけれども、
言葉とか雰囲気とか、そういうものを通して、自分がこれから震災というものに多分ずっと携わっていかなきゃいけないと思うので、そのなかでちょっとでも役に立って、みなさんの思いが伝えられるようになったら」

「言ってみれば部外者だから僕たちは。人の心に踏み込んじゃいけないところって絶対ある」

「でも、こういう風景を見てる時に思うのは、ほんとに何ができるかなっていう事はいつも思います。花は咲くの歌詞にもあるけど、何を残したんだろうとか」
「僕たちは今、生きているなかで、逆に何を残せるんだろう」

クレーンが並び工事の続く街を、車の窓からのぞく羽生選手。
寒い風のわたる高台を訪れ、灰色の庁舎に祈りを捧げ、子供たちの未来と触れあってゆきます。
曇った窓の向こうの冬の街がしだいに日暮れてゆき、やがて夜が訪れます。
一日の終わりを惜しむように、深夜のリンクで練習を重ねる彼の姿に、新たな決心を感じました。

こちらはエンディングに使われていた、ケルティック・ウーマンの曲です。



夜明け前の冷たい空気の中、暗闇から青い光がたちこめてきて、それがやがて朝を呼び覚まし、希望が満ちてゆきます。

今回のエキシビションでは、4人で滑った「花は咲く」や、オープニング、エンディングの群舞がとても美しくて、動きも表情もやわらかく心がこもっていて、強く印象に残りました。
メイキングでも、よいショーを作ろうと一生懸命で、しかもとても楽しそうでした。
フィギュア界のトップに上りつめ、ひとりで走り続けているからこそ、
誰かと一緒に微笑みをかわしながら滑ることの喜びを、彼は噛みしめているのではないかと思いました。


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ニースのロミオ、そしてレクイエム

「羽生選手の次に浅田選手という順番だったことによって強く感じたのは、羽生選手は東日本大震災において、当事者の側にあるということでした。 」

昨日、くすのきさまがくださったこの言葉に、胸がいっぱいになり、なんだか、夜眠れなくなるような感じでした。
くすのきさま、こんな感覚を持っていらっしゃるのですね。
大切なお気持ちを書いてくださってありがとうございます。

都築章一郎先生の目から見た、あの頃の羽生選手の姿です。

恩師が見つめてきた羽生結弦の進化 「五輪王者」という夢が実現した瞬間

「震災後に会ったとき、「この子は今後スケートを続けていけるのか」というのは感じましたね」
「今思えば、震災のときは五輪のメダルを取れたのが奇跡だったと思うくらい傷心していました」
「言葉を掛けるというよりは、見守るしかなかった状態ですね。技術を教えるわけでもなく、あの子がそういう状況からどうやって立ち直り、スケートにもう一回挑戦をするか。自分の当初の目標としている姿にどう回復していけるか。でも、そうした中でも彼は非常に冷静で、自分の技術に対して取り組む姿勢はしっかりしていました。それは大したものですよね」

~もう立ち直ったなと感じた瞬間は?
「やはり世界選手権ですね。3位という結果を残したので、立ち直ってくれたなと思いました。」

道をさがして迷い葛藤しながらスケートを続け、3位という結果を出すまでの一年間。
それは「ロミオとジュリエット」を究めるための、阿部奈々美先生との長い旅でした。
シリーズ初戦の中国杯では無理をし過ぎて転倒してしまった彼へ、先生の言葉。
「がむしゃらに跳ぶことが正解ではないのよ」
「つい欲を出してしまう、その弱い自分と戦いなさい」

そしてニースで3位となったとき、彼はこう言っています。
「この一年間、震災とか、ほんとに日本ではいろんな問題がありましたし、ほんと大変なシーズンでしたけど、やっとなんか、なにか自分の中で、震災を乗り越えられたな、というような気がしました」
だから、エキシビションで「ホワイトレジェンド」を披露できることを、心からの喜びとしたのでしょう。

さらに、3位の表彰台から、彼は次のステージへ踏み出す決意を固めます。
「もうスケートは自分だけのものではないんだ。表彰台に立ったからには、自分の感情は優先させちゃいけない」



震災にあって、子供の頃から生きるよすがであったはずのスケートが彼を苦しめる。
先日、大槌町で、自分を「部外者」と言ったことの冷徹さに、いまだ彼に残る痛みを感じました。
被災者でもあり支援者でもある事は、二つの感覚にねじれて引き裂かれるようだったのかもしれません。
それを克服する事は、悲劇を生き延びた人たちがどう立ち直り、生きていく自分を許していくのかをなぞる物語に重なります。

どちらに進んでいいかわからない迷いから、自分も傷ついた者である事に目を伏せない決心へと昇華していく。
それは彼にしかない個人的経験でありながら、すべての人に共通する、再生への道のりなのかもしれません。
強さと弱さは光と影のように、裏表に重なっているのでしょう。

「花は咲く」の浄化、「レクイエム」の激情、「ジュピター」の希望。
それぞれが珠玉の短編小説のように響きあう、美しい鎮魂の舞台でした。





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レクイエムの夜

この夜の「レクイエム」は、これまでにないほどの凄絶さと、強い意志の力とにあふれていました。
彼は、その場の空気のみならず、その土地に宿る過去をまとい、支配し、そして制圧していきました。

荒涼とした遺構に残る、決定的な時間を指したままの時計。
それを彼は動かそうとして、なくしたねじをリンクに探し舞い始めました。

冷たく、硬い、氷の世界の透徹にたったひとりいて、
失われた多くの命を、その全身で受け止めようとしていました。

揺れるリンクを逃げまどった、少年時代の彼はそこにはいません。
残った傷を抱きしめる、痛ましい彼ではもうないのです。

闇の夜には星をまたたかせ、光を呼んで朝を迎える。
精悍な表情で広げた腕に天を仰いで、躊躇なく怒りをあらわにする。

破壊された土地の苦しみの上でこそ、この鎮魂を捧げようとした。
それは怖れ屈する事のない、強靭な精神の証しでした。

ゆがんで壊れた時計が時間を取戻し、
未来がそこに訪れる日まで、彼は闘い続けるのだと知りました。


よく、ここまで来てくれた。
この場所で、この演技をみせてくれて本当によかった。
彼は愛を与える人だった。


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スペシャルエキシビションの夜

なんという透明な、清浄な、美しくて静謐なリンクなのでしょう。
客席のひとつひとつに光が灯り、拍手とともにそれらがさざめいていました。
出演者も観客も一つになって、希望への道をさがしあう舞台。

それぞれの選手が心を込めた演技は、
哀しみをくぐりぬけ、よみがえろうとする土地で、
未来をさがす人々ににささげるプログラムです。

小さな子供の頃から一生懸命にスケートに打ち込んできて、
ひとりひとりの困難があり、あきらめかけた時もあったはず。
何度も何度も転んでは、何度も何度も起き上って、
そうしてここまで来てくれた、それぞれの努力の賜物が、
祈りをこめて舞い踊ってくれるのです。

4人で協調する「花は咲く」を、とても幸せだと言った羽生選手。
彼が幸せを感じてくれるのなら、それは必ず観る人の心に響きます。
今日の彼はオープニングの時からすうっと背筋が伸びていて、
深い弧を描いて滑る姿そのものに、意志の強さが宿っているようでした。

プルシェンコ選手がすぐとなりの席で言ってくれた、You are my hero!
そしてStay healthy は、なによりの彼への贈り物です。
羽生選手にとってプルシェンコさんは永遠の憧れ、
プルシェンコさんは羽生選手にいつもスケートの未来を映して見ている。

最後を飾る浅田真央選手の「ジュピター」は、まさに天上の美でした。
浅田選手の美しさを引き立てる、気品あるセンスのいい衣装。
上質で洗練された演出、しかも前衛的なアートのような、
静かで力強い、ドラマに満ちた、こんなプログラムを観たのは初めてです。
もしかしたら彼女は、この日のために復帰してくれたのではないかと思ったほどです。


美しいスケーターたちと、その未来。
こんなにも心が動く、こんなにも深く胸を打たれる。
フィギュアスケートが好きでよかった。
心を洗われる、素晴らしい舞踏会の夜でした。



羽生選手の演技については、また次回に。

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