三つのステップ

アスリートかアーティストか、二つにひとつを選ばなければならないとしたら、彼は迷わずアスリートであることを選びます。
それは揺るぎなく徹底しています。
そのためならば演技をばっさりと断ち切ることもいといません。

二年間、大切に取り組んできた「バラード第一番」を、大胆にも変更しました。
そうして新しい舞台を切り開いていきました。
「SEIMEI」のステップもまた、変更されています。



最初の練習風景。
「はっ」というシェイリーンの声に応えて、大きく力強くステップを踏む羽生選手です。
ここは宿敵との最後の戦闘の場面です。
精神を集中し、見えない武器を手に敵をはらい倒します。
陰陽師が地を鎮める反閇のようなクロスロールの脚の運びに、清明な空気が流れていきます。
力は精神とともに内側に集められ、そこから外へ、静かに放たれていきます。
音楽の求めるままに多彩に動きながらも、そこにそのまま静止しているかのようです。

けれどもオータムクラシックで、このステップはレベル2、GOEは1.50の評価を受けました。
難しいステップ・ターンの組み合わせ、左右両方向に完全に身体を回転させる事。
そのカウントのどこで、不足していると判定されたのか、詳しい事はわかりません。
ただ、この演技はシェイリーンとの練習より、少し動きが重たいように感じます。
この時、ジャンプにもミスがあったことを思うと、やはりコンディションがよくなかったのかもしれません。

日本らしさを追求するだけでは、ルールの要求する水準に応えきれない。
フィギュアスケートの競技プログラムとしての和洋の融合、調和を目指さなくてはならないと、再確認したのではないでしょうか。

次のカナダ杯ではバックのクロスロールを外しました。
冷静に分析しカウントした結果、このままではレベルを取ることが難しいと判断したのでしょう。
そしてレベルは3、GOEは1.0の評価を受け、わずかながらもスコアを上げることができました。

でもそれで胸のどこかが痛まないわけではないと思うのです。
自分で曲を選んで、自分の息を吹き込んで、0.8秒にまで神経をめぐらせた作品です。
日本代表であることの誇りをかけて、心血をそそいできたプログラムです。
その、最も日本的な精髄である部分をあきらめる。
その痛みをもって彼はまた、自らの退路を断ち、アスリートであることに徹するのではないかと思います。

提示されたスコアから彼は読み取り、そして判断をくだします。
それでもまだこのステップは、レベル3の評価を受けてしまう事があります。
レベル4を獲得できたのはNHK杯の時だけです。

もしかしたら「SEIMEI」を観られるのは世界選手権が最後かもしれません。
その時、この印象深いステップは、いったいどんな姿を現してくれるのでしょう。


彼にとって何が真で何が善なのか。
邪であろうが何であろうが、審判から評価される事。
勝負に賭け、勝負の前では鬼である事。
その冷徹に、彼の美をまた発見するのです。


スポンサーサイト



テーマ : フィギュアスケート
ジャンル : スポーツ

織田さんが解説する「SEIMEI」のジャンプ

織田信成さんが解説する、オータムクラシックの羽生選手の演技。
「今シーズン、まずは健康な身体で、初戦から難易度の高いプログラムに挑戦できる、ていうのをまずは喜びたいですね」
そう、昨シーズンは、金メダリストとしての暑い夏に疲れ果て、最初の試合に出られなかったのに。
健康であってこそ伸びやかな演技ができる、アスリートとして本来あるべきシーズンの幕開けを、織田さんはちゃんと祝福してくださっています。

織田解説 01

「太鼓のリズムをしっかりとらえて、止まるのではなく滑りながら、ターンなどでしっかり曲を表現できている」
「後半のハイドロもしっかりスピードを出しながらできている」

そしてジャンプについて。
最初の4回転サルコウはモホーク、スリーターンから。
「まだまだもっと美しく、プラスもらえると思います」
着氷はちょっと我慢でしたが「でもこれも成功です」

織田解説 1

続く4回転トウループは片手をついてしまいまいた。
「右肩が早かったですね。回ろうっていう意識が早くてちょっと高さが出なかった」
「普通だったらこけそうなジャンプだけれど、しっかり着氷できるのは羽生選手の力ですね」
「あれだけ速く回れるからこそ降りれるんですよ」

織田解説 2

4Tの2本目では回転不足、転倒して単独ジャンプになってしまいました。
「逆に回転に入るのが遅かった。後半ですと回転のタイミングとかも鈍ってくるので」
「ただ、回転が合えば成功できるジャンプですので、タイミングだけの問題ではないかと」

織田解説 3

そして「このあとにトリプルアクセルを2本跳んでるんです!それがすごいです。世界最高難度と言っても過言ではない」
1本目の3A+2T。

織田解説 4

2本目は「コンビネーションだったんですけれど、つけられなかったんですね、ステッピングアウトしてしまって」
それで3回転ループに「トリプルアクセルで付ける予定だったコンビネーションをつけた」柔軟な対応力。
トリプルループ・シングルループ・トリプルサルコウの3連続です。

織田解説 8

織田解説 7

織田解説 9

「それって一瞬で考えるんですよ」
「冷静に判断する対応力、跳べる羽生選手の力がある、っていうところが素晴らしい」

織田解説 10

真剣に羽生選手の演技を解説する織田さんの表情は、きりりと引き締まったプロフェッショナルのお顔ですね。
熱意を込めて、だれにでもわかりやすく、羽生選手の素晴らしさを伝えてくださる織田さん。
彼も、日本にいて、羽生選手を強力に支えてくださっている一人だと思います。




織田さんの解説はこちらの動画を参考にさせていただきました。ありがとうございます。

テーマ : フィギュアスケート
ジャンル : スポーツ

きよらかな「SEIMEI」

新しい「SEIMEI」は、羽生選手そのものの姿でした。

ひと言で言えばそれは「きよらか」だということか、と思います。
清純、清新、清冽、清廉である。
迷いなく、曇りなく、まっすぐな、凛とした精神の発露。

ある時は、鼓動を刻む打楽器に、邪と闘う晴明が見えるよう。
ある時は、天から降るやわらかい笛の音に、美しい虹がかかるよう。
ある時は、鞭打つような音の衝撃に、はっと覚醒するよう。
それらの音ひとつひとつを、彼はその身体に乗り移らせ、叩き、奏で、歌う。
音の形を目にみせる魔術のようです。

そして、旋律のない打楽器だけの音の連なりでこそ誘発される、イマジネーションの心地よさ。


最初に決まったサルコウ。
後半に入って、今シーズンの彼にはとても大切なジャンプを失敗してしまいました。
けれどもまったくあきらめる事はありませんでした。
アクセルにつけられなかったコンビネーションを、とっさに、ループにつけて見せました。
そんな精神の強さと、一瞬の判断力、遂行できる実力を兼ね備えた選手は、彼のほかにはありえません。

そしてその旋回のたびに、白く輝く衣装が、彼の腰で独楽のように回転し、その錐のような細さ、鋭さを強調するのです。
それは、彼が、リンクという空間と闘い、飛翔して、着地し、生還するための武器であるかのようでした。

「オペラ座の怪人」にまとわっていた不穏な空気、陰鬱さはどこにもない。
嫉妬も執着も何もない。
夜の闇の音楽は終わったのです。


黒くてぴったりと貼りつく練習着のときには、関節や筋肉、身体のしなやかさがよく見てとれました。
けれども和の衣装はそうではない。
身体の線を隠し、抽象化し、個を消します。
それが「型」であり、生々しさをなくす日本の美である。
その制約のもとにあって、なお、個として輝くことに、彼は挑戦しているのです。



テーマ : フィギュアスケート
ジャンル : スポーツ

「SEIMEI」・ 衣装の美

オータムクラシックで新しくなった「SEIMEI」の衣装。
黄金の輝きにあざやかな翠色が添えられて、萌えいずる生命の息吹きが見えるようです。

オータム SEIMEI

その翠は、肩から裾へ、袖口から肩へ、曲線を描きながら流れるような柄行きになっています。
アシンメトリーの余韻は日本美の神髄です。
この文様は唐草模様の一種なのだろうと思いますが、シルクロードを経て日本に伝えられた、壮大な歴史を思い起こします。

オータム SEIMEI 41

全体に、先日「フィギペディア2015」に登場した仕様より、さらに豪華になっているようです。
狩衣の袖を絞る袖括りの緑は、二色の濃淡になっています。
白い生地には透け感があり、首回りがやや詰まっているのも、狩衣らしさが出ていると思います。
単の紫は青みが強く、くっきりとして、緑、白との対比が美しい襲ねです。

さて、和の衣装という記事を書いたのは、まだ暑い夏の事でした。
夏のショーでの「SEIMEI」の衣装と、映画「陰陽師」の衣装とを比較して、こう書きました。
「肩幅は少し張り過ぎでしょうか。」
「一番違うと思うのは、折りたたんでふっくらしている狩衣の前身頃が、衣装ではぴったりしているところでしょうか」
「ここを、「バラード第一番」のように少しふわりとさせたらどうかな、と思います」

…まさか、と思いながらも、この新しい衣装を見て、とてもうれしかった事を告白します。


この衣装で舞う羽生選手は、金色に光を反射して、まぶしいほどに輝いていた、と聞きました。
この黄金の模様は、どうやら刺繍だけではなく、金色のビーズが縫い止めらているようです。

オータム 2015 フリー 30

光を反射しきらめいているのは、金色の葉の飾りだという事ですが、映像ではわかりにくいですね。

オータム 2015 フリー 34

リンクにかかる暗闇の雲を払い、陽の光をそそぎ込み、ふりまきながら舞い踊る。
まばゆい光に包まれて疾走する彼。
その衣装のままに、美しく輝き続けるシーズンでありますように。


テーマ : フィギュアスケート
ジャンル : スポーツ

鎮魂の芸能

「鎮魂」は、日本の芸能の基本であり、その根底を流れるものである。
踊り、舞い、歌によって、悪しき魂を払い、清らかな魂を迎え、鎮める。

「反閇(へんばい)」とは、独特の歩行によって、悪しき霊を地下に踏みつけ封じ込める動作である。
その源流は、古く中国にさかのぼり、日本へと伝えられた。
これを陰陽師が、霊魂を清め鎮める儀式で行った。
足を持ち上げ、呪文を唱えながら五方に向かって足踏みをする。

それは陰陽道だけでなく、神道を始めとする宗教作法へと広まる。
悪い霊を抑えるだけではなく、よい霊魂を呼び覚ます意味へもつながっていく。
能、狂言、さらには歌舞伎、相撲の四股へと、その形を変えながら取り入れられて行く。
舞台を踏んで音を鳴らす「足拍子」も、その流れを汲んでいる。

FS 2015 オータム 21

安倍晴明を演じる羽生選手は、「SEIMEI」の最後に、はっと気を込め、太鼓の音とともに、脚で氷を強く踏み鳴らす。
その動作も、この反閇に連なる足拍子をあらわしているのではないか、と思う。

野村萬斎さんの演じる「三番叟」。
天下泰平・五穀豊穣を祈り、舞台を反閇し、足拍子を踏み、よき霊魂をそこに鎮める。

その独特の足捌きをみると、羽生選手の「SEIMEI」への影響がみてとれると思う。

seimei 2015 オータム 01
seimei 2015 オータム 1
seimei 2015 オータム 2
seimei 2015 オータム 3
seimei 2015 オータム 4
seimei 2015 オータム 5

脚を交差し左右に移動しながら、ぬめるように進んで行く。
スケートの技術でありながら、そこに展開されるのは和の舞台である。
鼓動のように繰り返されるリズムと相まって、呪術的な、神秘的な力強さが響いてくる。
陰陽師・安倍晴明が宿るかのような足遣いである。






折口信夫 著「日本芸能史六講」講談社学術文庫 その他を参考にさせていただきました。

テーマ : フィギュアスケート
ジャンル : スポーツ

プロフィール

yuzurufight

Author:yuzurufight
読んでくださってありがとうございました

あたらしい記事
あたらしいコメント
カテゴリ
月別アーカイブ
タグリスト

羽生結弦 世界選手権 SEIMEI バラード1番 オペラ座の怪人 NHK杯 ファンタジーオンアイス ファイナル 宇野昌磨 天と地のレクイエム オーサーコーチ 国別対抗戦 パトリックチャン 全日本 宮本賢二 野村萬斎 高橋大輔 フェルナンデス ソチオリンピック 浅田真央 織田信成 FaOI 町田樹 オータムクラシック 小塚崇彦 KENJIの部屋 全日本選手権 プルシェンコ 無良崇人 能登直 宮原知子 中国杯 スケートカナダ 陰陽師 デニス・テン 佐野稔 パトリック・チャン ナム・ニューエン 本田武史 村上大介 FaOI 24時間テレビ チーム・ブライアン ハビエルフェルナンデス ファントム アイスジュエルズ 鈴木明子 Number 四大陸選手権 パリの散歩道 ボーヤン・ジン クリケットクラブ あさイチ ビリーヴ DOI オリンピック 平昌オリンピック 都築章一郎 ガーナ 山本草太 阿部奈々美 ボーヤンジン クリアファイル 安倍晴明 フィギュアスケートTV スポーツ酒場語り亭 安藤美姫 盛岡エキシビション ジェフリー・バトル 野口美恵 手術 NHK杯 ショパン ジョニー・ウィアー 本郷理華 八木沼純子 シェイ=リーン・ボーン 荒川静香 花になれ ロッテガーナ 衣装 NHK バスクリン ブライアン・オーサー シェネル 中日賞 ロッテ DOI 樋口新葉 村上佳菜子 スケートアメリカ デニステン 磯田道史 パパダキス フィギペディア アドラー ロミオとジュリエット 4回転 ロミオ+ジュリエット 四大陸 松岡修造 世阿弥 短歌 ロシア杯 村主章枝 トリプルアクセル フランス杯 仙台 世界ジュニア 花は咲く アオーレ長岡 トロント 俳句 闘争本能 ANA COC カナダ杯 ハビエル・フェルナンデス TCC 羽生結弦語録 リスフラン靭帯 ヤグディン 悲愴 樋口豊 カナダ選手権 欧州選手権 紅白 情熱大陸 スケーティング スターズオンアイス はたちの献血 ザヤックルール ナムニューエン アディアン アイスリンク仙台 岡崎真 ジャパンオープン きき湯 トゥクタミシェワ グレイシー・ゴールド ランビエール キシリトールホワイト 井上怜奈 G2 ジュベール イーグル 劇団四季 宇都宮直子 殿、利息でござる! 本田真凛 ジョニーウィアー フィギュアスケートLife 華原朋美 コーラスライン ティモシー・ゲーブル 川畑要 ラトデニ 4Lo 白岩優奈 ツィメルマン フロー ライフ ウィルソン フィギュアスケートライフ グランプリファイナル 献血キャンペーン 本田真凜 福間洸太朗 家庭画報 ジェフリーバトル 報道ステーション ブライアンオーサー Believe 献血 青嶋正 茂木健一郎 AERA 西野友毬 朝日スポーツ大賞 無私の日本人 題名のない音楽会 バレンタイン 長洲未来 清塚信也 シェイリーン 太田由希奈 ニューイヤーオンアイス ファイナルタイムトラベラー ネイサンチェン ケヴィンレイノルズ ゾーン 

あたらしいアイテム
検索はこちらから
QRコード
QR