フィギュアスケートLife Vol.6…パトリック選手とトリプルアクセル

名選手であっても、トリプルアクセルの苦手な選手は少なくないようです。
羽生選手が次々と新しい技に挑戦して来れたのも、盤石で美しいトリプルアクセルがあるからこそ。
ソチでの金銀を分けたのも、パトリック選手が最後に跳んだアクセルだったかもしれません。

パトリック選手のような大選手が、
「安定したトリプルアクセルを跳べるようにならずに引退していたら、僕は自分自身を許すことができなかっただろう」
「3度世界チャンピオンになったけれど、それなしでは真に自分が世界チャンピオンだとは言えなかったと思います」
と、正直に話しています。
パトリック選手にとってほとんど唯一の弱点だったアクセルです。
休養し復帰して、それからなお自分に足りないところを克服し前進しようとする態度。
素晴らしい努力だと思います。

ある時期までは、男子で2Aを入れている選手は珍しくなかったと思います。
でもあっという間に、それでは勝てない時代になりました。

羽生選手は「アイスジュエルズ」で、
「自分自身が彼の構成を変えるぐらいの選手になれたことが嬉しい」と話しています。
いつも目標にしてきたチャン選手の存在を、羽生選手は今でもずっと見つめ追いかけているのだと思います。

宇野昌磨選手についてもチャン選手は、「彼は僕が経験したことをこれから経験するのです」と言ってくれています。
その後宇野選手は、あっという間に4Fを習得していきました。
才能あるスケーターたちがそれぞれの時代を築き、お互いに影響しあいながら歴史を織りなしていく。
世界選手権はそんな素晴らしい連鎖の場でもありました。

そして、パトリック選手の氷を見極める深い眼差し。
時には氷の質について進言してくれるのも、実績のある選手だからこその役割を果たしてくれているのだと思います。

ソチからのパトリック選手の二年間は、本当に長い戦いだったと思います。
迷っていたけれど、平昌まで現役を続けてくれるという。
圧倒的なスケーティングを武器にしてきたチャン選手が、高難度ジャンプ時代の到来に順応しようとしてきた、長い葛藤を思います。

5位に終わったことはがっかりしているけれど、
「会場にエネルギーが満ちていて、自分が生きていることが素晴らしいと感じた」。
そんな幸福感にあふれた演技を、これからも届けてくれますように。


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アイスジュエルズvol.3 …よく休むことはよく練習するのと同じくらい大切なこと

「アイスジュエルズvol.3」の、ブライアン・オーサーコーチへのインタビューを読んで。
ワールドの翌日のインタビューだとのことですが、かなり踏み込んだ内容になっていて、コーチが普段からどう考え、羽生選手をどう見ているのかがうかがえると思います。

素晴らしい二度の試合で新しい扉を開いた羽生選手を、とても誇りに思いながら、それがゆえの重圧を本当によく理解している。
記録は保持しているけれどもワールドでは2位に終わった今、これから先のためにどうしたらよいのか、具体的な示唆を与えてくれています。

まず、頑固で、時に無謀な事をしてしまう羽生選手に、それが逆効果である事もあると諭しています。
充分なウォーミングアップもせずにいきなり4Sを跳んで転倒しまったという羽生選手の姿が、目に浮かぶようです。
一心不乱になるとものすごい爆発力を発揮する羽生選手ですが、何かにつかれたようになっている時には、怪我のリスクも高く、要注意なのでしょう。
普段から積み重ねてきたトレーニングを信じていれば、試合に入っても、精神的な安定を保つこともできるでしょう。

そして、何もかも自分で背負いこまず、周囲に責任やコントロールを分けること。
羽生選手は、常に世話をやいてくれる人に囲まれているけれど、それとはまた別の面の事を言っているのだと思います。
専門家の集団であるチームブライアンと、私的なサポート役であるチーム羽生との、協力と分担とのバランスを取ることが必要なのでしょう。

羽生選手自身は「どこに乗せるべき氷なのか、スケーティングの技術をもっといろいろコーチのトレイシー・ウィルソンから吸収しなければ」と言ってます。
チームブライアンの伝えるスケートの技術が最高である事を、誰よりもよくわかっているのだと思います。
身内のように傷心をなぐさめ励ましてくれる存在とは、まったく別の意味があるのだと思います。

そして、何と言っても、オーサーコーチが
「よく休むことは、よく練習するのと同じくらい大切なこと」と明言している事です。
これほどはっきりと、羽生選手の抱えている問題点を、コーチが率直に言ってくれるとは。

万全ではない体調で4回転をやれば怪我をしてしまう。
4回転だけではなく、他の要素もすべて大事にして、プランニングをする。
ハビエル選手は、この日は通し練習、今日はこの種類の4回転、前の日はよく寝て準備する…と、計画を立てて練習しているそうです。
いかにも体力があって、持久力も回復力も高そうなハビエル選手が、です。

羽生選手は、日本にいる時間が長すぎました。
トロントに行けば、オーサーさんが留守の時でも、彼の指示のもとでちゃんと見てくれるスタッフがいる。
それだからこその「チームブライアン」です。
今シーズンは、もうこのまま帰ってこなくていいので、冬に向ってのピーキングを、どうか計画的に、お願いしたいと思います。


最後に、テン選手との出来事について。
「ハビエルの音楽の順番の時は、ロシアの選手が途中で入ってきてジャンプの邪魔をされました。でも相手はわざとではありませんでした。こういうことは、よくあることなのです。ハビエルはあまり気にせずに流すほうなのですが、今回のユヅルはちょっと過剰に反応してしまい、それが精神的に今回の試合の結果に影響をしたのだと思います」

オーサーコーチは、せいいっぱい、羽生選手をかばってくれているのだと私は思いました。




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アイスジュエルズvol.3 …チーム羽生と自立の問題

スケートのための「チーム羽生」と、羽生選手の自立についてが、同じ文脈のなかで語られる。
それは多分、「チーム羽生」と、羽生選手のご家族とが重なっているからですよね。

ここで言う「チーム羽生」とは何か、誰と誰の事を指しているのか。
「自立」とは何か、ひとりの子どもが親から自立することなのか、選手としての活動をめぐってなのか。
公の事を言っているのか、私の事を言っているのか。
あいまいなままに、誰でも知っていることのようにして、話が進んでいます。

この境界のなさ、分けようもなく混然となった感じが、はからずも、羽生選手が身を置いている現状を表しているのかな、と思いながら読みました。

これは私の推測、想像なのですが、羽生選手が平昌で引退したいと言う事の理由の一つには、二人三脚で世界を回ってきたお母様をご家族のもとに戻したい、という気持ちもあるのでは、と思っています。
逆に言うと、現役の選手である間は、お母様のお力を借りていくつもりなのではないかな、と。


「チームブライアン」は、オーサ―コーチを中心とする、クリケットクラブでの集団指導のことを指しているので、羽生選手専属ではありません。
でも、最高レベルの専門家たちが集まり、あらゆる面から選手を育て、素晴らしい環境を提供してくれます。
「チーム羽生」はこれに対して、羽生選手専属のサポート体制を指しているのでしょう。
だからもちろん、「チームブライアン」の一員である羽生選手は、両方のサポートを受けているので、いいバランスを保ちながら、権限を住み分けしながらやっていけているのだろうと思います。

選手としての「自立」と言えば、自分の頭で考え、プログラムや音楽を自分で構成していく事を指しているのかな、と思います。
例えば、シーズンの途中で「バラード第1番」を大胆に改変したこと。
その結果、軛を断ち切り、魂が叫んでいるような凄味のある、一期一会が実現しました。

でも、矛盾しているようですが、「自分で考え自分で決める事=自立」とは必ずしも言えないのではないか、という気がします。
コーチや他の専門家のアドバイスに耳を傾け受け入れること、それもまた、精神が自立し自由であることの証しではないかと思います。

もちろん、自分で出した結果は自分で引き受けなくてはなりません。

羽生選手はいつも、音楽を大切にし表現に意味を持たせたい、と志すのですが、勝敗のかかった試合になるとなかなかそうもいかないようです。
そして、負けたことを起爆剤にしていると、そういう方向性のプログラムしか選べなくなるのでは、と思います。
オーサーコーチ、トレーシー、宮本賢二さん、萬斎さん。
導いてくれる人がたくさんいること、彼に手を差し伸べたいと願っている、優れた人たちがたくさんいることを、大切にしてくれたらな、と思います。



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アイスジュエルズvol.3 …積極的な休養

雑誌「Ice Jewels」vol.3を読んでみました。
フィギュアスケートの雑誌はたくさん出ているけれど、手にとってみて、買ってみようかと思う本はそんなに多くありません。
でもこれは、やはり読んでよかった、と思える一冊でした。

まず何より、落ち着いて読めた事。
感傷的だったりセンセーショナルだったりして、もしかしたら泣きながら書いているのではないかと想像させるような姿勢の本もありますが、この本にはそんな雰囲気はありません。

最初の羽生選手へのインタビューは、いつの時点のものかははっきりしませんが、冷静な書き起こしに、こちらも静かな気持ちであの頃を振り返る事ができました。
逆に言うと、まだ混乱している状況のボストンで収録した、20分ものインタビューを肉声のままノーカットで放送することが、本人のためになるのかどうか。
本人がカメラに向かって話したこと、それがバイアスのかからない素の姿だから信頼できる、という意見もあるかとは思いますが、それは時と場合によるのではないかなと思います。

…1月から足の痛みが改善せず、全日本のあと四大陸を辞退しても治すことができなかった。
メンテナンスをしっかりできず、痛みを取ることに対処できなかった。
ボストンでは、練習と休息のリズムを取り、2日練習、1日休んで3日練習、というスケジュールでめりはりをつけた。
初日の練習ではたいへん調子が良かった。…

その、インターバルを置く練習方法を、痛みのために不本意ながら休みを取ったかのように読み取れる記事を、他の雑誌で読んだ気がします。
積極的に、計画的に取った休養なのか、焦る心を封じ込めながら仕方なく練習をあきらめたのかは、まったく意味が違う話です。
実際の事はわかりませんが、少なくとも羽生選手は、積極的に建設的に休養を取り、陸上でのトレーニングを入れながら調整していくメソッドを理解していたのだと思います。

もちろん、それでは対処できないほどの大きな負傷だったので、それもやめて、早期のうちに時間をかけて固定し安静を保つのがベストだったのだと思います。
痛みの原因を取り除く事、つまり今の高難度で、4Tのトウを突いても足を痛めない方法は、まだ開発されていないのだから。


「あの氷でできるスケーティングが最終日に見つかったんです。
だから、エキシビションは良かったでしょ」
という問いかけには、はい、とてもよかったです!
と思わずうなずいてしまいました。


そのほか、オーサーコーチやハビエル選手へのインタビューも興味深かったので、また少しずつ書ければと思っています。
感想をひと言で言えば、羽生選手がトロント・クリケットクラブというホームを得た事は、やはり天の配剤だったと思う、という事です。


FaOIの札幌公演では、羽生選手からのメッセージが読み上げられたそうですね。
療養に専念し完治され、身も心も軽やかになって、またリンクに舞う姿を楽しみに待ちたいと思います。

日曜日には幕張公演のテレビ放送もありますね。
そちらについてもいずれまた。


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ふたつの「アダージェット」

昨年のNHK杯のとき、NHKのサイトにかつての名演技が紹介されていて、
そのひとつにエカテリーナ・ゴルデーワとセルゲイ・グリンコフ組の映像がありました。
その時、記事にしようかと思ったのですが、そのまま書きそびれてしまっていました。

お二人は結婚されていましたが、グリンコフさんは、練習中の心臓発作のため28歳の若さで亡くなられました。

「アイスジュエルズ」Vol.2を読んで、彼のための追悼公演で、ゴルデーワさんがマーラーの「アダージェット」を演じられていた事を初めて知りました。
その振付けをされたのがマリナ・ズエワさんだった、という事も。



「アダージェット」は、テッサ・ヴァーチュとスコット・モイア組のプログラムでもありました。



それもまた、ズエワさんの作品だったのですね。
ズエワさんの言葉を引用させていただきます。

「テッサ・バーチュー&スコット・モイアーのバンクーバー五輪の「アダージェット」は、実はカーチャ(ゴルデーワさん)への私からのラブレターでした。
あの曲を悲しい記憶のまま終わらせたくないという気持ちがずっとあり、テッサとスコットはマーラーを表現するのに完璧なスケーターでした。
カーチャに使った録音とは違う、もっと明るい雰囲気のバージョンを探しました。
愛を表現したあのプログラムで、人生は続いていくのだというメッセージを込めた。
何も言わなかったのに、カーチャは私の意図を正確に理解してすぐに手紙をくれました」

ふたつの「アダージェット」は、ゴルデーワさんが、
哀しみを越えて新しい人生を歩み出す物語を紡いでいたのですね。


私はこの「アダージェット」を、父の葬儀の時にエンドレスで流してもらいました。
だから、この記事を読むことができて本当によかったと思います。
美しいふたつの作品に出会えたことに、心から感謝をいたします。



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